石井光太「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む」:石巻の菊田産婦人科のお話。

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地元の新聞に紹介されていたのをみて読みました。1970年代に、石巻の菊田産婦人科を舞台にした「赤ちゃんあっせん事件」の菊田昇医師をモデルにした小説です。石井光太さんはノンフィクション作家ですが、今回はあえてフィクション。

タイトルは、当時菊田産婦人科が地元の新聞に出した広告のコピー。本当にこれを新聞に出したということにも驚かされます。


赤ちゃんあっせん事件の頃は、私は小中学生くらいでしたが、テレビでニュースになり、病院や菊田医師が出ていたのも覚えています。当時はあまり意味もわからず、単純になにか悪いことをしたお医者さんということで、ずっと菊田産婦人科にダークなイメージを持っていました。

実際のお話についてはこちらで...

命と勇気の産婦人科医・菊田昇医師 | 海街さんぽ

この本では、菊田医師の幼少時代から、菊田医師の念願であった特別養子制度ができるまでが物語になっています。もちろん舞台は石巻。出てくる人たちが話すセリフはみな訛っています。出てくる石巻弁らしきものは若干違和感のあるところもありますがまあそのあたりは仕方ないとして、戦前から戦後にかけての石巻の世相もそれとなくでてきます。あまり素敵な場所としては書かれてはいないのですが。

産婦人科として長者番付にのる...ということは、中絶手術で儲かっているからだったり、望まない妊娠により法定外の中絶も闇で行われていたりと、本来赤ちゃんが生まれる素敵な場所であるにもかかわらず、一方でダークな仕事もあるという両極端な面に、あらためて考えされられもしました。

読み終えて、自分は何十年と菊田産婦人科に単にダークなイメージを持っていたままだったけれど、今回それが払拭でき、逆にこの石巻を舞台に「特別養子縁組」制度への道が開けたのだということを知ることができてよかったです。

あくまでエピソードはフィクションですが、実際はかなり取材をしての小説化であろうと思われます。デリケートな内容でもあり、ノンフィクションではやりにくい部分があるのでしょうね。それでも菊田医師の信念は十分描けておりました。

特に石巻ではいまだ誤解されていることも多いような気もする(何しろ私もそうですから)ので、当時を知る人も知らない人も、石巻でこんなことがあったのだということをあらためて知ってもらう良い機会になるといいですね。

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