マスコミが去った後、石巻の写真が増えてきました。

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NHK以外は、TVもほぼ通常通りに戻りましたが、逆に一般人レベルで現地に入ることができるようになり、多くの人が写真などをアップして下さっています。くみこさんの住む日和山・日和が丘のすぐ下が南浜町・門脇地区、その山の逆におりると、地元で「町」と言っている、中央町や立町です。あくまで私はピンポイントで駅から南浜町までの、私の生活圏であった地域の情報を集めるようにしていますので、画像等リンクしておきます。

石巻・女川の震災被害: 石巻アーカイブ
がんばろう!石巻~2(動画)|隊長の隠れ家
オニコウベの風に吹かれて

わかってはいましたが、南浜町・門脇地区は、火事があったこともあって、すすけたようにもなっており、戦場のようになっています…。自衛隊の車両が多いので、よけいにそんなイメージを連想してしまいます。

どうして小学校まで火事になってしまったのかも、ブログを読ませていただいて少し分かりました。コトウノ商店のスタンドからという話もありましたが、流された車も爆発したようですね…。

熊谷商店の坂(超ローカルですみません。門脇地区から大手町方面に上がる、車がすれ違うのがギリギリの幅の道です)で、逃げようとしている車が渋滞していた話も出ていました。この渋滞は、くみこさんも津波の前に自宅に戻る途中で見たようですが、あの様子では車に乗ったままだった人は流されてしまったかもしれないと言っていました。無事で会えた方は、徒歩で逃げた方が多かったようです。

日和山のすぐ近くまで来た火事の様子もわかります。下の地域にあちらこちらで火の手が上がり、すぐ下まで火の手が迫り、山の上の実家も本当に危機一髪だったとのこと。日和が丘までの延焼を防いでくれたのは、地元の消防署の皆さんのおかげです。土手から少し離れた、市女高(石巻市立女子高校)のプールから水を引いて放水していたそうです。そうですよね…水道も止まっていたのですから、消火作業もままならなかったことでしょう。実家もその火事を心配していましたが無事でした。ご尽力に感謝いたします。

昨日は、自宅にいる独居老人(!!!事実ではあるのですが…)向けということで、くみこさんのところにも、ペットボトル数本とカップラーメンの配給があったとのこと。自宅にいる人たちの把握も進んできたようです。行政に把握してもらえただけでも良かった…。

そしてくみこさんも、昨日は歩いて石巻高校へ薬をもらいに行き、その帰りに開いていた床屋さんで、久しぶりに洗髪してもらったとのこと。ヤカン1杯のお湯で洗ってくれたそうですが、それでも気持ちが良かったと申しておりました。水を汲んで、お湯を沸かすのも、いつもだったら普通のことなのだけれど、この状況ではご苦労も多いことでしょう。それでも営業を再開!近所の床屋さんにピンポイントでエールを送りたいと思います。

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このページは、raizoが2011年3月20日に書いたブログ記事です。

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