「6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録」

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table border="0" cellpadding="5">40473155326枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録 角川SSC新書 (角川SSC新書 130)
石巻日日新聞社
角川マガジンズ(角川グループパブリッシング) 2011-07-09

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東日本大震災で社屋が被災し、輪転機を回すことができなくなって、6日間壁新聞を作って避難所に貼り出したことでニュースになった石巻日日新聞。(「ひび」しんぶんと読みます)

アメリカのワシントンにある報道博物館「Newseum」が、コレクションとして寄贈を受けたことでも有名になりました。
asahi.com(朝日新聞社):震災翌日、油性ペンで号外 米で展示へ 石巻日日新聞 - 国際
Newseum | Handwritten Newspapers From Ravaged Japan at Newseum

その壁新聞の話というよりは、石巻日日新聞の震災後7日間のドキュメントと、6人の記者それぞれの手記がこの新書です。

来年で100周年を迎える石巻日日新聞。本社は私の高校の通学路の途中にありました。本社のまわりも良く知っている地域ですので、町を頭に思い浮かべながら読ませていただきました。

かつてはローカル新聞として「石巻新聞」(廃刊)もあって、実家では2紙とも購読していた時期もありましたが、現在がんばっているのは日日新聞のみ。石巻市・女川町・東松島市などの超ローカルニュース、地元船籍の漁船の操業情報(私には関係ないのに結構読んでいた)などなどもあります。お葬式を出すときは、死亡広告を日日新聞に載せるのがローカルな習慣です。

外から見ていると、手書きの壁新聞を作ったことそのものだけがクローズアップされ、美談ととなった感がありましたが、本当は輪転機を回して新聞を印刷したかったという悔しい気持ちがあったのですね。壁新聞を避難所に貼りに行った社員が、東北最大の地方紙「河北新報」が、壁新聞の隣に貼ってあるのを見て愕然としている様子も出てきます。

壁新聞では伝えたいことのほんの1部しか書けませんから、必死の思いでの取材したものが伝えられないもどかしさ、取材中、津波にのまれたり、追いかけられたり、連絡のとれない家族を心配したり…。そして、ただでさえ経営が厳しい中、多くの購読者のお宅が流されてしまい、経営者として今後の購読部数のことが頭によぎったり…。

社員のほとんどが皆さんお若いのに少し驚きましたが、この復興の激動期に、地元ローカル紙でなくてはできないことがたくさんあると思います。

これまで日日新聞を購読していた多くの読者が被災し、宅配の部数もかなり減ってしまったことと思いますが、私も陰ながら電子版を購読して応援させていただいております。惜しむらくは「ニュースメディアスタンド」のiPadアプリの使い勝手が今一つなところなんですけどね。

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このページは、raizoが2011年7月19日に書いたブログ記事です。

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