佐々涼子「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている」はMade in 石巻なのだ。

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紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている

佐々 涼子 早川書房 2014-06-20
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by ヨメレバ
副題は「再生・日本製紙石巻工場」。日本製紙石巻工場が、東日本大震災で被災してから復興するまでのノンフィクションです。子供のころ、石巻で毎日十条製紙(現・日本製紙)の煙突と煙を見て育った私としては、はずせない1冊であります。

日本製紙石巻工場は、私の小学校の学区内にあり、お父さんやお母さんが工場に勤めている友達もたくさんいました。社宅も遊び場でしたし、高校の頃は、通学で工場の正門前を毎日自転車で駆け抜けていました。多くの石巻人にとって、帰りの道中で遠くに見える日本製紙の煙突とその煙が見えてくると「あぁ、帰ってきたな」としみじみ感じる石巻のシンボルでもあります。そう、工場に勤める人でなくてもそう感じるほどの、石巻のランドマークでもある工場なのです。

24時間3交替(かつては交替のサイレンもよく聞きました)で日夜紙を作り続けていることは、子供の頃から知っていたけれど、震災まで、私の中ではぼんやりと新聞紙とかティッシュペーパー、コピー用紙などを作っているぐらいにしか考えていませんでした。身近すぎたからでしょうかね。

これだけ本が好きだったのに、その本や雑誌に使われている紙の多く(出版用紙の4割)を、この石巻工場で生産していたことを、震災後に初めて知ることとなり、そして今回この本を読んで、出版業界から見た石巻工場の重要性も実感することができました。実はすごい工場だったんだなぁ。

その日本製紙石巻工場が、東日本大震災で被災するところから話が始まるのですが、このあたりは、よく知っている場所が次々出て来まして、頭の中でグルグルとその光景が眼に浮かんでくるようでした。

本の中では早い段階で工場復興に向けてスタートしていた様子でしたが、正式発表はもう少し後だったように記憶しています。日本製紙が工場を閉鎖して石巻を引き上げてしまうのではないか…という噂は最初からあって、日本製紙もなくなってしまうと、石巻ももうおしまいではないかという雰囲気だったのです。それだけに、工場が残ると正式に発表されたことは、石巻市民にとっても大きな良いニュースの1つであったと思います。

私の記憶では、お正月以外に休むことが無かった煙突の煙が、こんなに長期に渡って途絶える陰で、無茶とも言える稼働開始目標を目指し、工場の皆さんが奮闘していたことも、これまであまり思い至りませんでした。工場がまた動き出して、煙突から煙がでるようになり、いつもの日常が戻ってきて良かった…ぐらいの実感したから。でも、生産ラインの復興の過程のみならす、石巻工場の凄さを知ることができて良かったです。

反面、震災当初の震災本にはあまり語られて来なかった、被災地のイヤな面(略奪やエセNPOの話など)に触れている所もあり、この話の中にわざわざ挿入するのはどうだろうかと思ったけれど(地元出身としては複雑な心境でもあり)、著者としては、そういった話を今回の取材の中で初めて聞いて、どうしても入れたくなったのでしょうね。

思わぬ所で私の中で「本」と結びついた日本製紙石巻工場。この本自体も、使われている紙はすべて石巻工場で生産されたものなのです。これがあの工場で作られたものとは…と思うと、妙に感慨深く思いながら本を閉じました。

これからは、あの昼も夜も休み無く吐き出される煙突の煙が、今までとなんだか違って見えてくるだろうなと思いました。

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このページは、raizoが2014年6月24日に書いたブログ記事です。

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