江戸坂道散歩:(19) 麻布台 富士見坂〜永坂

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富士見坂の痕跡東京タワーのふもと、芝公園の片隅に「富士見坂」(065)の痕跡があるらしいのですが、これなのかどうかよく分からないような坂でしたけれど一応撮影。

このあと、芝公園のスタジオの向こうにあるという心光院を探したのですが、一向に見つからずに周辺をうろうろ。どうやらこのお寺が和食の店に変わってしまっていたようです。気を取り直して次の坂へ...。

土器坂元心光院あとから、桜田通りという大きな通りに出ると左右が「土器坂(かわらげざか)」(066)。坂下に赤土が出て、土器職人が住んでいたのが名前の由来だそうです。

ショーウィンドウにあった土器?坂にちなんでいるのか、途中のビルのショービンドウに土器(つぼ?)が飾られていました。

Saka200611Enoki土器坂を上ると、前回も通った飯倉の交差点へ戻ります。この交差点を左に曲がると「榎坂」(067)。近くにロシア大使館(写真奥の緑が見えるあたり)があるので、警察車両や警官が目立ちます。

狸穴坂そのロシア大使館の脇を降りるのが「狸穴坂(まみあなざか)」(068)。狸穴というのはアナグマを指す言葉だそうですが、こんもりした森の雰囲気も残っているのでここは単純に狸の穴が多かったのかも。坂上はマンションが建ち並んでいるのですが、この坂下の古い住宅がアクセントになっております。

鼠坂狸穴坂を下まで下って隣を上がる坂が「鼠坂」(069)。細い坂は鼠坂と称されること多し。ここも狭かったのですが、坂下では大規模マンション造成中でした。

植木坂鼠坂の坂上を左折すると「植木坂」(070)。坂上は高級そうなお屋敷町で、このあたりに島崎藤村の旧居跡があり、「飯倉付近」という小説ではこのあたりの坂が出てくるのだとか。いつか読んでみようと思っています。

永坂植木坂を進むと、首都高速が上を通る「永坂」(071)に出ます。首都高の橋げたの下は、ホントに暗いですねぇ。この暗い通りの途中に永坂更科布屋太兵衛 の本社がありました。そういえば「永坂更級」というおそば屋さん、東京ではよく見ますね。永坂は本当に坂の名前だったのか...。

この時点ですでにかなり日が落ちかけていたのですが、実はもう少し坂の旅は続いたのでした。(つづく)

本日のルートおさらい(ちい散歩風...)

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このページは、raizoが2007年1月22日に書いたブログ記事です。

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