浅井先生の「スケッチ石巻」

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R0015236さっき、石巻のくみこさんと電話で話していて、浅井先生(高校の美術の先生です)の石巻のスケッチの本のことを思い出しました。1冊はうちにあったはず…と引っぱり出してみました。「浅井元義スケッチ石巻II 通り・横丁・小路」きた出版(1987年刊)

おそらく発刊当時にくみこさんにもらったのだと思いますが、長らく本棚の奥に入っていて、自然と古本化していました。

写真と違って、独特のスケッチ画ですから、現地を知らないとイメージが沸かないというところもありますが、1つ1つの絵に「石巻かほく」の記者の方の解説文がついており、通りや町の由来・歴史が説明されていて、今読んで見るとなかなか面白い…のですが、現状の石巻を想うと複雑な想いも…。

この本の解説でも、日本製紙の工場は一面のアシ原で、山になっている社宅が建っていたあたりは砂山+松林だったのだそうです。大街道は明治初期までは見渡す限り茫々たる草原だったとありますね。

このスケッチ集を出された浅井先生、トレードマークの郵便局払い下げの赤い自転車で市内を駆け巡り、道端にどっかりと座り込んでスケッチしていた姿を思い出します。ときどき道で出会うとギョっとしたものです。現在は松島に移り住み、震災後もご無事だったようです。

この本の巻末に、石巻の昔の地図も付いていました。ついついこれにも見入ってしまい。

R0015234昭和8年の旧市内中心部の地図

瀧川さん、井上海産物屋さん、萬楽堂さん、もりやそば、観慶丸ビル!、懐かしの俵屋さん(私の中では洋食屋さん)もあります。


R0015235昭和18年の門脇地区も入った地図。

日本製紙の敷地、この時期も一面の田んぼ、まさに戦後の復興で建てられた工場だったのですね。九軒町も思っていたより門脇寄りでした。この先に9軒しか家がなかったって話ですが…。双葉町の三湖酒店さんって地名が店名の由来だったのか…

以上、大変ローカルなお話で失礼しました。

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このページは、raizoが2011年5月25日に書いたブログ記事です。

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