山口弥一郎「津波と村」

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この数ヶ月、読書傾向が「復興」ものに傾倒していて、来週(あ~もう来週だ…まずい)の一箱古本市出品物にも、その読書結果が如実に現れそうです。そんないくつかの書物にたびたび引用・登場していたのがこの本です。

これは1933年の三陸大津波の後から、著者が現地を歩いて調査した記録です。「津波」の話ではなく、その後の漁村や家の再興についての聞き書きが主な内容です。地理学者であり民族学者でもあり、人命を守るための研究として調査を行っていたのだそうです。

三陸の漁村が、幾度かの津波のたびに被害を受け、高台移転をすることに決まっても、結局また海に近い地域に戻ってしまう、そしてどうやって村がまた復活していったのか。そういったことを、南は牡鹿半島から下北半島まで、自ら歩いたり船に乗ったりで、自分の足で聞き歩きしたとのこと。交通の便が非常に悪かった頃でしょうから、今とは比べ物にならないほどの苦労が忍ばれます。何度かあった津波の被害の記録は多いものの、そこからの復興の記録というものは実は少ないのだそうです。

この本は、基本は繰り返されてきた三陸の津波と漁村の歴史を知る本です。時代も変わり、漁村のありかたも大きく変わろうとしていますから、また同じようなことが繰り返されることはもう無いと思いますし、そう願いたい。どちらかというと、これまでの三陸漁村の文化そのものが消えてしまう可能性の方が髙いように思います。内容はそんな三陸漁村の民俗学的アプローチ色も強いですが、このように防災意識を強く持ち、80年も前から警鐘を鳴らしていた人がいたことを、私はこれまで全く知りませんでした。そういった地道な研究には、イケイケドンドンな時代では、なかなか日があたらなかったのかもしれませんね。

帯にも書いてありますがが、まさに「名著復刊」だと思いました。そしてこのように書いていて、古本市に出してしまうのが惜しくなっている迷える1冊でもあるのでした。

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