石巻市長、大川小校舎全部、旧門脇小一部保存を発表す。

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残した方が良い、撤去してほしい…話し合って解決するようなものでは無くなっていて、市長がトップダウンで決められないから多数決の結果と予算の都合で決めたということでしょう。アンケートは若干「残す」方に傾いていましたから。

私は大川小学校については、当事者でない者はあまり外からとやかく言うべきではないと思うのですが、門脇小は卒業生であり、学校も実家のすぐ近くにありますから、廃墟は壊して欲しいと思っていました。公園の中にある原爆ドームなどと違い、すぐ目の前に新しい住宅地ができています。自分の家を出ると、火事で焼けたままの大きなコンクリートの建物があるのはあまり良い気持ちもしませんし、何より人が入り込んだりしたら危ない。もっと地域のためになる前向きな施設にして欲しいなと。

でも、決まったからにはどちらも良い方向に進めていただきたいと思います。

以前も書きましたが、まだ門脇小の火事場むき出しのままだった頃、被災地バスツアー(当時たくさん来ていた)で来たご一行が、「あの校舎の3階まで津波が来たんでしょ(門脇小は津波は1〜2階程度でその後の火事で3階まで廃墟化)」とか「ここが大川小学校」とか、勝手に思い込んで話しているのを聞くにつれ、それがどう教訓になるのか、野次馬的興味(自分も同類かもしれません)で見に来ているのでは?と、疑問に感じていました。たまたま居合わせてもそうなのですから、もっと多くの人が勘違いしていたかもしれません。

市長(もしくは市)の言う「震災が風化してきた」というのは、そんなツアーが減ってしまったことを憂いているのではないかと勘ぐっているのですが、遺構として残して人を呼びたいのであれば、せめて伝えるべきことを正しく説明できるような配慮が欲しいものです。

母校がなくなるのは寂しい、震災前の風景が無くなるのは寂しいと感じる人もいると思いますが、それは「遺構」として残すこととは少しスジが違うと思うのです。今回の震災で廃校になって取り壊された学校はたくさんあります。卒業生や在校生は、みなさんそれぞれに残念に思っていたと思います。

大川小学校と違い、他にも同じような被害にあった学校の中、あえて門脇小学校を残すことによって何を伝えたいのか、そこも明確にしてもらいたいと思います。

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このページは、raizoが2016年3月27日に書いたブログ記事です。

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