前半を読み、かつての文学青年にありがちな社会に適応できないまま不遇の生涯を終える…といったパターンなのだろうかと思ったところで読むのをストップしていたのですが、最初の話も忘れかけていたので、もう一度最初から読み直しました。
もう読みかけにしていたのを大後悔。結局は本の後半からが重要だったのです。(本とはそんなものなので当たり前ですが。)後半ぐいぐい引き込まれて一気に読み終えました。
その後半は、愛する妻を亡くした失意の中で広島で被爆することになるのですが、その「原子爆弾」のことを伝えなければという使命感が、原民喜を生きさせることになったというくだりは、被爆体験とともに一種衝撃を受けました。
晩年には、遠藤周作とも仲良くなり、若いタイピストの女性との交流も生まれるのに、結局は最期は自殺してしまうのです。もう少し世の中を楽しむこともできたのではないだろうかとも感じましたが、それでも遠藤周作がいう通り「きれいな死」であったこと思えることが不思議です。遠藤周作と交流があったこと、しかもかなり大きな影響を与えていたということにも驚かされました。わたしは本当に文学に疎いんです。
こうなると原民喜さんの小説、読まないと…です。
ブレイディ・みかこさんは「この美しい本を、すべての遠藤周作ファンとキリスト教の洗礼を受け(てしまっ)た人々にお勧めしたい。」とおっしゃっていましたが、そんなことには関係なくてもお勧めしたいです。久しぶりに岩波新書の大ヒットだと思いました。梯さん、すごいなぁ。
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