ほぼ日ショップで予約していた「ブイヨンの日々。」が届きました。Amazonに頼めば送料無料だけれど、ストア特典の追加ページにつられて、ほぼ日ストアにしました。
読んでいて楽しい気持ちになれました!家人も「なんだ?イトイの犬か?」(ちなみにブイヨンというのが犬の名前たということも知りません)みたいなことを言って、パラパラとページをめくっていましたが、いつのまにか「ヒヒヒ」と笑って読んでいました。
へこんだ時にひっぱりだして眺めると元気でるかも…。
前に「ブイヨンの気持ち。」を買った時のコト。
now and then: ほぼ日刊イトイ新聞「ブイヨンの気持ち。」
![]() | ステーショナリーマガジン 007 (エイムック 2175) エイ出版社 2011-04-25 by G-Tools |
「文具箱」の日記帖: 4/25発売 ステーショナリーマガジンno.7 表紙と目次です
今回は、なんといっても「鉛筆」の特集が秀逸です。鉛筆好きは買いましょう!
「ファーバーカステル250周年」の特集は、会社の歴史・250年記念セットの紹介、現行モデルの紹介など。144本(12ダースですね!)セット缶や色鉛筆がいいな…と思いつつ、これはまだ序の口。
次の特集は「『鉛筆収集』という趣味」。赤青鉛筆のコレクター、合田さんのコレクションと鉛筆収集についてのお話です。赤青鉛筆から始まって、海外の鉛筆・日本の鉛筆…とにかくイロイロあります。ビンテージモノもたくさんありまして、眺めているだけでも楽しいです。ハチマクラさんでの鉛筆展に行けなくて悔しい思いをされたかたにお勧めです!
他にも、ちょっと後ろの方には、ステッドラーの鉛筆の話やファーバーカステルのパーフェクトペンシルのお話もあります。いやぁ、やっぱり鉛筆はキホンですよ。たっぷり楽しめました。
他にもいろんな文具が盛りだくさんで紹介されておりますよ。今回欲しいモノとしてチェックしているのはラミー・サファリの今年の限定カラーのアクアマリン!サファリばかり揃っても…とは思いつつ、とても魅力的な色です。そして今年は、ドイツ(当時のプロイセン王国)と日本の通商条約150周年を記念した日本限定モデルもあり、その売り上げの一部は東日本大震災の義援金になるそうです。
そういえばiPad 2。入手された方とかレビューをついみてしまうと、だんだん欲しくなってきますが、とにかく新しいiMacが我慢ですよ今は。
大人気のラミーシリーズに爽やかなブルーの限定色登場!【予約】【6月予定】【2011年新作カラー... |
2011/4/18 予約受付中です【予約受付中】【LAMY/ラミー】サファリ フレンドシップペン 万年筆F ... |
おはようございます。噂通り、本日からiPad 2とiPhoneホワイトモデル発売開始だそうです。一部店頭では9時から、オンラインでは10時からだとか。前日になっての発表は、行列などを最低限に防ぐためという話も耳にしましたが、AppleStoreには行列ができているようです。
ソフトバンクモバイル、「iPad 2」を4月28日午前9時から販売 - ITmedia +D PC USER
気になるお値段は…
iPad 2 Wi-Fi 16GB : 44,800円
iPad 2 Wi-Fi 32GB : 52,800円
iPad 2 Wi-Fi 64GB : 60,800円
iPad 2 Wi-Fi + 3G 16GB : 56,640円
iPad 2 Wi-Fi + 3G 32GB : 64,800円
iPad 2 Wi-Fi + 3G 64GB : 72,720円
(ソフトバンクの一括払いの場合)
買うなら64GBホワイト。宅内中心なのでWi-Fiモデルかな…いや、宅内でまったり使うだけだったら16GBでもイイかも…などと妄想。しかし、iMac買い替え計画があるので、とりあえずは見送りです。が、レビューを読んだり実物を見たりすると危険な予感もあります。
iPad革命の本当の出発:「突き抜けた」と思わせるiPad 2の魅力 - ITmedia +D PC USER
iPhoneは、5が出たらホワイトモデルにすることにいたします。でも筐体のデザインが変わってしまうのかなぁ。
石巻の実家でも3Gでパケット通信がガンガンできるなら即買ったかもしれませんが、現在もなお、ソフトバンクの電波が不安定で音声通話も途切れることもあるのです。基地局があったと思われる門脇側の復興の兆しがありませんので仕方ないです。無駄にパケット通信をして、微弱電波を消費しても申し訳ないですし。今は、実家の固定電話が復活し、ADSLで通信できていますが、話を聞いていると光のお宅のほうが復活が早かったようです。
Moleskinの限定ノート、星の王子さまバージョンの小さいサイズの方を買いました。PEANUTSバージョンの時は大きなサイズも買いましたが、ラージサイズは私のライフスタイル上、ほとんど使う機会が無いということがわかりましたので、今回はスモールサイズのみにいたしました。
MOLESKINE モレスキン 限定版ノートブック「星の王子さま」登場
無地のノートと
普通の横罫のノートの2種類です。
絵本の挿絵をモチーフにした表紙は雰囲気があります。
表紙の内側はカラー。
おまけでペーパークラフトが付いています。
ラージサイズのペーパークラフトのほうが良さそうだったのですが、ペーパークラフトが欲しくて買うわけにもいかないので我慢しました。
限定だそうですので、欲しい方はお早めに!公式サイトで販売店リストが出ています。私は新宿のブックファーストで買いましたが、今日でかけた4月26日オープンの「経堂コルティ」に入っているitoya topdrawerという、伊東屋さんのミニショップにもありましたヨ。
【母の日のプレゼント】MOLESKINE 限定商品 Le Petit Prince 星の王子さま ポケットサイズ ... |
今日はなんだかアップルな噂の多い日です。iPad 2は、ソフトバンクのお店に立て看板が搬入され、スタッフには28日出勤命令がでているとかで、日本での発売は28日が濃厚となってきました。(Twitterからの情報)
iPhone 4のホワイトモデルはアメリカでは出荷が始まったような話も出てきましたが、日本ではiPad 2と同時発売なのでしょうかね?
Apple、ついにアメリカ市場で白いiPhone出荷開始へ
White iPhone 4 coming to Best Buy on Wednesday? -- Engadget
他にも、MacBook Proは次回のモデルチェンジの際に筐体のデザインが変わる…とか
次期「MacBook Pro」、新筐体デザインを採用か--MacRumors報道 - CNET Japan
Next MacBook Pro to Get New Case Design - Mac Rumors
MacBook AirにThunderboltが搭載されて6月に登場!とかいう話も。
新「MacBook Air」、6月に登場か--「Thunderbolt」「Sandy Bridge」搭載の可能性 - CNET Japan
個人的にはiPad 2もMacBook Airも気になるのですが、差し迫った状況として、iMacを買い替えようと思っておりまして、この5月2日に発表というニュースに気が気ではありません。
次期 iMac が来週発表のうわさ、"Sandy Bridge"にThunderbold搭載?
Apple delays iMac orders ahead of next week’s refresh with Thunderbolt I/O and Sandy Bridge processors | 9 to 5 Mac Apple delays iMac orders ahead of next week’s refresh with Thunderbolt I/O and Sandy Bridge processors | Apple Intelligence
今使っているiMac。決定的な問題があるわけではないのですが、どうも最近は気になる挙動も見られ、これまでの買い替えサイクルからして、まだオークション等で売却できるうちに買い替えるのが吉かと思っています。外付けHDDは付けましたが、内蔵HDDの容量もドドンと欲しいですし、Apatureを使い始めてからというもの、マシンの遅さも気になっていましたし。
出たらすぐにポチっと行くぞ!というぐらいの意気込みになっています。ので、iPad 2は見送らせていただきます。…たぶん。
あぁ、このときもゴールデンウィーク中だったのですねぇ。もうちょうど丸3年です。うむむ、でも今24インチなのに今更21.5インチはいやなのだけれど、27インチはなんともでかすぎる。仕方ない、小さくするか…。
昨日、またいただきもの。miffyモノをイロイロいただきました。うれしかった〜ありがとう!
これは手ぬぐいでした。
そしてこちらは歯磨きセット。歯ブラシ立てとコップ。なぜかmiffyは全裸です。
最近、手ぬぐいもよくいただいます。せっかくいただいたのだから…と、このところ毎日いろんな手ぬぐいを日替わりでハンカチがわりに使っていまして、ハンカチの出番がほとんどなくなってしまいました。手ぬぐいの布地も、使っていて使用感が出てくるようなのがいいですね。少し色あせたぐらいのほうが、ちょっと風合いが出てきて良くなります。ジーンズみたいなものですね。
【レビューで全員プレゼント】【梨園染 戸田屋商店 手ぬぐい てぬぐい 手拭い 手拭1682点】【在... |
昨日から話題になっていた、iPhoneにGPS情報として記録されている行動履歴の話。私もiPhoneTrackerなるアプリケーションで情報を表示してみました。
iPhoneがユーザーの行動履歴を保存していることが判明 - Touch Lab - タッチ ラボ
petewarden/iPhoneTracker @ GitHub
私のここ1年あまりの軌跡を東北地方エリアに絞ってみますとこんな感じでした。

思っていたより仙台が濃いなぁ。いつも石巻帰省の行き帰りには、仙台で食事をしたり、町をブラブラしたりしていることがバレますね。お正月には仙台空港にも行きましたし、仙台と石巻の間は、仙石線上の情報だと思います。
先日の震災後の帰省のあとももちろんしっかりと。東根市の山形空港・山形市内・石巻市内でも普段はあまり行かないバスでの足跡が残ってます。
私がiPhone 4を購入する前、晩夏に行った奈良・京都の履歴も残っていましたから、これはiPhone 4だけでなくiPhone 3GSの頃からすでに記録されていたものが引き継がれているようです。
東京も見てみましたが、新宿・渋谷辺りが濃いかなという程度で、思っていたよりまんべんなく散らばっている感じ。良く行くところだからといって濃くなっているわけでもないような気がしました。前の職場が意外と薄かったのです。
しかし、あらためて宮城県の地図を眺めてみると、リアス式海岸の牡鹿半島〜三陸海岸では、ある程度津波は予測はしていたけれど、仙台空港のあたりの長く続く真っ直ぐな海岸線で、あれほどの津波の被害が出るとは、私も考えてみたこともありませんでした。でも真東の方向から波が来たのなら、確かに遮るものは何もないわけですから、自然の力とは本当に怖いですね。本当に驚かされます。
今朝早朝に、Appleの第2四半期の決算発表がありました。ホリデーシーズンをのぞくシーズンでは最高益だったとか。そして、現在その売上高の半分をiPhoneが占めているのだそうです。すごいなぁ。電車に乗っていても、たくさんのフツーの人達がアップルのiPhoneを手にしていて、正直まさかこんな時代が来るとは思っておりませんでした。iPhone 4、けっこうな率で女子が持っているので、その支持率の高さがうかがえます。
iPadは2の発売直前でしたので伸びはそれほどでもありませんでしたが、iPhoneにつられるように、Macの売り上げも上がっているようで何よりでした。
Appleの第2四半期―売上246億7000万ドル、Mac 376万台、iPhone 1865万台、iPad 469万台、日本の大震災の影響は軽微
Apple決算、iPhoneが好調で純利益倍増の過去最高業績 - ITmedia +D PC USER
ただ、次の四半期は東日本大震災の影響もあるので、不透明ということではあるようですが、iPad 2効果がどのぐらいあるかでしょう。
近いうちにさらに13カ国でiPad 2の販売を開始する…というティム・クック氏の発言もあったようですので、その中に日本も含まれているといいですねぇ。
Apple Ready to Launch iPad 2 in 13 More Countries | News | The Mac Observer
私も買うなら白が欲しいですが、それよりもiMacやHDDレコーダー(TV用)を買い替えたいので我慢します。だんだん欲しいモノのことが考えられるようになり、だいぶ復調してきたなと思っております。
さて、おかげさまで、石巻のくみこさんのところでは今週都市ガスも復帰。生活インフラはこれで全部元通りになりました。ただ、病院・お店・銀行・郵便局などの生活環境はまだまだ。食べ物以外のお買い物がなかなかできません。
そのかわり、比較的行きやすい被災地として、近所の避難所に次々と芸能人などが訪れております。石原軍団の祭りそのものの炊き出しとか、長渕剛が避難所で歌ってみたりとか。栗原はるみの焼くホットケーキ炊き出しも、主婦の間では評価が高かったようで。
日和山地区は、生活インフラの面を除いてはほとんど被害がないため、気兼ねなく車で行けて、壊滅的な被害を受けた南浜町・門脇地区が一望できるので、なかば観光地化しているのでしょうね。TVで観ていても、有名人が石巻に行ったという話がでると、必ずあそこから下を見ていますし。いままで、桜やツツジの時期を除けば、平日なんかは全然人がいなかったんですけど…。あそこもいわば毎日祭りになのかも。それがいったいいつまで続くのでしょう。
母校である門脇小学校も、今日は門脇中学校で始業式を迎えたそうですが、子供たちは今みんなどこで暮らしているのかなぁ…、やっぱり避難所からの子も多いのかな…と思いながらニュースを観ていました。校区のほとんどが大きな被害を受けている門脇小学校が「廃校」なんてことにならないよう、切に願っております。
そして、今日一番うれしくなったニュースは、米軍のソウルトレイン作戦。いつも石巻に帰る時に乗っている仙石線(せんせきせん)、もう「ソウルトレイン」という名前にしちゃったらどうだろう。いや、復興したら是非「ソウルトレイン」を走らせてください。ソウル界の大物にも来てもらったりすると楽しそうだなぁ。(妄想中)
日米共同、仙石線復旧へ「ソウルトレイン」作戦 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
内田裕也の「石巻=ロックンロール」発言(私はローリング・ストーンと解釈する派ですが)とか、ソウルトレイン作戦とか、妙に音楽づいていることを勝手に喜んでおります。
![]() | ケトル VOL.00 麻生久美子 内田樹 道尾秀介 小山宙哉 津田大介 河尻享一 下薗詠子 嶋浩一郎 太田出版 2011-04-14 by G-Tools |
その幸福書房の店頭で、見慣れない雑誌を発見。しかもけっこうたくさん置いてあります。「ケトル」という雑誌で、特集が「僕らが本屋に行く理由」です。これは買わなくては!
新雑誌『ケトル』創刊準備号 本日発売 - NEWS | 太田出版ケトルニュース
店頭にたくさんあったのは、この雑誌の中に「幸福書房」も登場していたからでした。「二冊並んだ本はこの書店の一押しです」という記事で登場しています。なぜか合気道と一緒に紹介されているところが、この新雑誌のポイントでしょうか。
この雑誌、「リバティーンズ」という雑誌のリニューアル版なのだそうです。リバティーンズ、確かTwitter特集の時に買ったかな。
築地市場にある本屋さんや都内最西端の青梅の本屋さん、伊豆大島の本屋さんなど、フツーの本屋さん特集ではなかなかお目にかからない本屋さんがたくさん登場しています。
中でもちょっと驚いたのは、今、福島の原発事故で避難地域になっている福島県飯舘村の、村営書店「ほんの森いいたて」です。
図書館をつくるべきか、本屋をつくるべきか迷って本屋さんになったのだとか。本を買って、読んで、自分の物として手元に残して本棚に並べれば、たとえ読み返さなくても強く心に残るような気がします。いいですねぇ、村の本屋さん。早く原発事故が収まって、村の皆さんが戻ってきて、お店が再開できることを祈るばかりです。
この1ヶ月はいろんな意味ですっぽりといろいろなコトが私の頭の中から抜けてしまったのですが、その間に海の向こうではiPad 2の発売が開始されておりました。ホワイトモデル…やっぱりよさそうですね。使っていて気持ちよいという感想が多いようなのでうらやましい。
iPhone 4のホワイトも出るがそろそろ登場しそうな雰囲気でもありますが、iPhone 5そして6の話も出始めました!
iPhone 5 はA5と8MPカメラ搭載で秋以降、iPhone 6 は2012年前半?
どうやら、iPhone 5は夏ではなく秋以降のようですね。私はちょうど昨年の秋に買ったので、まあそのぐらいでちょうど良いかなという気もしています。
・iPad 2 とおなじデュアルコアのアップル A5 プロセッサ採用 ・背面に従来より画素数が向上した8MPカメラ ・基本的な筐体デザインは iPhone 4 を引き継ぐ。 ・内部的な設計変更でアンテナ性能は向上。 ・GSM (W-CDMA)版とCDMA 2000版ともに Qualcomm 製ベースバンドチップを採用。…ということだそうで、8メガピクセルのソニー製らしいカメラ性能が注目されているようですね。
個人的にはとにかく容量アップです。64GBでもまだ少ないような気がするので、思い切って128GBぐらいのモデルを強くお願いしたい!iPod touchで64GBなんですし…。
おっと、amazonでシムフリーのiPhone 4が登場してるんですね。びっくり!
仕事場に履いていく秋冬用のスニーカー、ほぼ履きつぶしてしまいました。春は新しいシューズで心機一転!ということで、またまたNew Balanceのシューズを買いました。J.CrewとのコラボモデルのM1400です!
New Balance Shoes | Official New Balance Online Store - shop.newbalance.jp
J.Crew × New Balance M1400 Navy | HF SELECTED | high fashion ONLINE
履き心地としては、BワイズのW991(参考:now and then: NewBalance M991/W991 CSM (Made in UK))がとても良かったのですが、すでに限定モデルということでサイズ切れ。
もう1足、ソールの貼り替えまでお願いして履いているシューズも1400(参考:now and then: NewBalanceのシューズ、ソール交換してみました)。1400も好きなモデルの1つです。
少し前にNew Balance東京に行ったとき、すでに店頭販売されていて、カラーがいいなと思ったのですが、その時は男性用の大きなサイズのみの扱いでした。スタッフの方が、もう少しすると23cmぐらいからのサイズも入荷しますよ…と教えてくれまして、店頭に並ぶのを待っていたのです。J.Crewとのコラボモデルだったことは、購入後に知りました。もう見た目でチョイスしてましたので。
実物を見ますとネイビーの色も落ち着いていて、大人なスニーカーに仕上がっておりました。これからの季節、このシューズばかり履いて、またすぐに履きつぶしてしまいそうな予感も。私の場合、ついつい1足集中になってしまうので、だいたい半年でダメにしてしまいます。でも、踵がすり減ってしまうのは歩き方が悪いのでしょうね…きっと。
限定モデルなので、オフィシャルショップでもだいぶサイズ切れしているようですが、逆に小さいサイズだったらまだあるようですよ。
NEW BALANCE【ニューバランス】M1400NV MADE IN USA/J CREW 【送料無料】【smtb-m】 |
わたしもかれこれ20年以上お世話になっている@nifty。最初はパソコン通信からでした。最近のお若い方ですと、「パソコン通信」なんて何の事やらわからないでしょうね…。そのパソコン通信時代の-NIFTY-Serveが、25周年記念サイトで再現されておりました。
ニフティ、25周年記念サイトを公開--NIFTY-Serveを再現 - CNET Japan
ニフティ、NIFTY-Serveが体験できる創立25周年特設サイトを公開 | ネット | マイコミジャーナル
いやいや懐かしい。接続の時のモデムの音なんかも「ピーヒョロロ」と鳴ったりするともっと面白かったかも。お世話になったMac系のフォーラム、MAUGなどをのぞいてみたりしましたが、当時のログまでは再現されておりませんでした。
パソコン通信はテキストだけの世界でしたが、それでもシェアウェアをダウンロードしたりできるのがうれしく、Mac以外でも趣味のフォーラムなんかにも参加して、ずいぶん活用させていただきました。
私の@niftyのメールアドレスは、加入当時のIDのまんまで使っています。思い返すと、パソコン通信をするきっかけになったのは、亡くなった父でした。私がMacintosh Plusを買ったと聞いて、パソコン通信でメールをしてみようと、私の分も一緒に加入してくれたのでした。父はNECの88だったかそんなのを使っていたと思います。
残念ながら、実家は電話がキャッチホンかなにかだったせいで、モデムがうまくつながらず、父とメールをやりとりすることはできませんでした。父もかなり頑張っていたんですけどね…。今思い返すと少し残念です。
その父も、インターネットの時代を見ることなくこの世を去ってしまったのですが、まさかくみこさん(母)が、一人でパソコンを使ってメールを出したり、TwitterやSkypeを使ったりするようなことになるとは思っていなかったと思います。ほんとうに、時代が変わりました。
インターネットにしても、最初はモデムのダイアルアップで、プロバイダへの接続も面倒だったりしたよなぁ。などと、昔のことを思い返してみたりしています。
吉祥寺のコピスのmiffy styleで買い物をしたところ、ブルーナさんが日本の震災のお見舞いで描いてくれたmiffyの絵はがきをもらいました。涙を流したmiffyの図からではありますが、これからは笑顔で行きたいですね。でもmiffyは笑顔というものが無い?!
こちらは、先月石巻に行った時に、くみこさんがくれたもの。今シーズンは、明治安田生命のキャラクターとしてmiffyは降板だとかで、外交員の方が残りのmiffyグッズをくれたのだとか。くみこさん救援(?)のお礼ということでもらいました。黄色い四角いケースは印鑑ケース。バックの黄色い四角いものは不織布でできたエコバッグです。
うさこちゃんモノ、なんだかどんどん増えていくなぁ。
さて今日は、石巻に石原軍団が大規模な炊き出しに来たらしく、場所が実家からも近いところだったので、くみこさんはさっそく行って渡哲也と話せたと喜んでおりました。(食べ物には困っていないから食べなかったようです)そうそう、中村雅俊もやっと女川の地に立ったようですね。ちょっと遅かったねという話も聞きますが…。(石巻日日新聞 Hibi-net)
この1ヶ月、震災に振り回されていましたから、わが家の窓辺に置いていた花たちを放置していたので、久しぶりに手入れをしておりました。
伸び放題になっていたパンジーを少し刈り込んでいたのですが、どうもなんだケモノ臭い。春先は、スズメなんかが来ていると、そんな臭いもするので、またそんなところかな…と思ってハサミを入れていたら…パンジーにアブラコウモリがぶら下がっていてビックリ!
iPhoneではうまく撮影できず、CX3でパチパチと。死んでいたら困るなと思いましたが、私がゴソゴソしていたら、あちらもモゾモゾし始めて、生きていることがわかりました。
顔まで撮りたかったんですけどね。つまんでこちらを向かせる勇気は無く(ダニなんかがいたりするといやですし)、後ろ姿が撮れただけですが、逆さまにぶら下がった状態で6センチぐらいでしょうか。小さいです。後ろ脚(?)にもちゃんと5本指がありますね。糞までされちゃって。
最初は驚きましたが、なんだかかわいいので、そのままそっとしておいたのですが、夕方にはいなくなっていました。サヨナラ!
今日は帰りに牛乳があるかなとコンビニによりましたがありませんでした。あいかわらず東京のコンビニも品薄です。そして、パンの棚に並ぶヤマザキパンを見ると、配給のパンを連想してしまいました。
私が行った頃は、町内会を通じて自宅避難者へも配給があり、町内会の役員が、地区の公民館に物資を受け取りに行き、それを1件ずつ配っていました。1日でヤマザキの菓子パン2〜3個+おにぎり1個というところでしょうか。
その配給をしている町内会の役員さんたちも、男性ではあるのですが、正直言って後期高齢者な方ばかりのようにお見受けしました。そんなおじい様達が、坂道も多い町内を、2、3人でリヤカーを押して戸別訪問している姿を見かけ、ちょっと複雑な思いにもなりました。
その配給も、留守にしていると受け取れないから出かけられない、今日は来なかった…と、必ず受け取れるとも限りませんが、甘い菓子パンばかりですと、独居世帯にはちょっと過剰でもあり、受け取った分はすでに持て余し気味のようでもありました。さすがに1週間後には配給はなくなったそうです。
ヤマザキパンの活躍には頭が下がりますが、毎日甘い菓子パンばかりというのも厳しいですね。もっとお米が食べたいと思った方も多かったようです。避難所の方はなおさらでしょう。そうでなければカップ麺だったりしますから。
行っている間は、朝はパン(だだし、くみこさんのリクエストで、私の救援物資の中に「食パン」があり、菓子パンばかりでは無くなりました)、お昼はカップ麺系、電気と水がありましたからご飯はたけましたので夜はご飯を食べました。おかずは缶詰めや調達した野菜・果物、ご近所からのいただきもの、持ってきたレトルトカレーなど。食生活も少し良くなっておりました。それでも、男性やお子さんだったら量が少なくて辛いだろうなと思います。肉なんかも食べたいだろうと思いますし。
一度、共産党の救援物資配布にも出くわしました。ちょうど玄関を開けたときに、外で「日本共産党です、救援物資を持ってまいりました!」という拡声器の声が聞こえました。ここは私がリュックを背負って飛び出し、お米・リンゴ・バナナ・キュウリ・ハクサイ・羊羹を少しずつですが貰いました。最後の方なので種類が少なくてごめんね、と言われたけれど、パン以外のものが手に入って助かりました。
行った頃は、ガソリン不足がまだ続いていていましたが、東北道の規制が無くなり、物流が始まったかな…という頃でした。被害の少なかった地区ではスーパーもオープン。実家の地区では、大きなスーパーやチェーンのコンビニは全くないため、食べ物を買うことのできる店が少ないのですが、地元の食料雑貨店がいち早く野菜を売り始めていましたので、私も買い出しに行きました。その頃は野菜がなかなか手に入らなかったので、キャベツやトマトなどの野菜を見ただけでちょっと慌ててしまいましたが、くみこさんにその場でラインナップを電話して、ご希望によりトマトやサツマイモをゲット。
配給といい、買い出しといい、かつての戦中・戦後の物の無い時代の買い出しのようだなと思いました。でも自分の食いぶちぐらいは手に入れることができて良かった。救援物資は薬が中心だったので、食べ物はあまり持ってこなかったのです。
ちなみに、最近は野菜もだいぶ手に入りやすくなったので、次はたんぱく質が求められているようです。肉や魚ということですね。
とにかく日和山地区は、地震や津波の被害は少なかったものの、ことお買い物に関しては陸の孤島に近いものがあります。うちは車もないので、ご近所からの差し入れなどにも助けられております。私がいる間も、小松菜やほうれん草をたくさんいただいたり、遠くのスーパーで買ってきたものを届けてくれたりと、ほんとうにいろいろお世話になっていました。ありがとうございます。
門脇地区の復興はまだ時間がかかりそうですが、避難所も含め、日和山・鰐山方面の人達は「町」(中央・立町地区)のお店が営業再開することをみんな待っていると思います。露店でも良いので、これからの再出発を祈っております。
大きな余震の翌日の昨日、石巻の実家では朝には電気が復帰し、それと同時にソフトバンクの携帯電話も利用可能になり、夕方には水も出たそうです。不自由な生活ではありますが、まだまだ恵まれているほうですね。全国各地から電気・ガス・水道・電話の作業員の方々が派遣されています。現地でもたくさんの他府県ナンバーの作業車を見かけますが、みなさん、どこで寝泊まりしているのでしょう…。地元の作業員の皆様も含め、復旧に尽力されている多くの方々感謝しなくては。
さて、前回の続きです。
石巻の臨時パス停留所から、住吉地区〜立町・中央地区(いわゆる「まち」と言っていた地域)〜日和山地区を目指して歩き出しました。
停留所のあった地域でも、泥水が引いた跡があり、多くの自衛隊の車や給水車もあり、と、普段とは違う様子ではありましたが、車は普通に通行しています。住吉地区に入ると、ヘドロの量が増え、各家庭やお店で、浸水したヘドロのかき出し作業などが行われていました。黒いヘドロとヘドロまみれになった多くの家財が歩道に山積み。歩道は歩けないので車道の端を歩きました。
立町・中央地区に入ると、ひっくり帰ったたくさんの車・陸に乗り上げた船、大きく崩れた建物などが急に増え、自衛隊や他府県ナンバーの重機やトラックが、町の片づけ作業を行っていました。商店街のお店も、各自が必死で泥だし作業。まだ水が出ていない地域ですから、泥だらけの作業も大変です。今は、多くのボランティアさんが片づけをしてくれたこともあり、「まち」のほとんどのガレキは撤去されたと聞いています。
「まち」では、あのお店はどうなっただろう…などとつい気になってしまい、フラフラしながら歩いていたため、心配して途中まで迎えにきてくれていたくみこさんに、さらに心配をかけてしまいましたが、旧市役所前で無事合流。一緒に自宅まで帰りました。
実家では、この時点で電気と水道が通じていましたので、なんとか暮らせる状況ではありましたが、ちょうど灯油の残りを心配しているところでした。うちは車は無いですから、ガソリンは無くても良いのですが、暖房用の灯油が無いと困ります。逆にうちはお風呂が灯油なので、灯油が確保されればお風呂に入ることもできます。
いつもお願いしていたお米屋さんは津波で流されてしまいましたが、私がいる間に別のお米屋さんに連絡が取れ、灯油も売ってもらうことができて一安心。なんとそのお米屋さん、無くなった祖母のことも知っていたので話が早く進み、母と「すがさん(祖母のこと)凄いね」と喜びあいました。お店のお得意さんの多くも流されてしまったので、今後ともよろしくとのこと。お店が無事ではあっても、商圏が狭くなってしまったので、商売を続けるのも大変です。
こんな具合で、実家の家は無事ではありましたが、病院・郵便局・銀行・スーパー・コンビニ・美容院・電気屋さん・米屋さん…等々、生活のほとんどを門脇地区に依存していたため、今後の生活に不安が残ります。足(車)がないので、遠くに買い物に行くことができません。せめて町側(中央地区)が早く復興してくれると良いのですが…
(つづく)
昨夜の地震、東京でもかなり揺れました。石巻市でも、震度計が壊れてしまって震度が測定できなかったという話も聞きました。
くみこさんとは1晩連絡できませんでしたが、知人のDoCoMoの携帯電話を借りて無事の連絡がありました。せっかく復活してきたインフラも、また0に戻ったようですが、朝になって電気とソフトバンクの電波は復帰。固定電話も昨日復活したのですが、今は発信のみで受信はできない状態だそうです。どちらかというと今回は女川原発が心配ですね…。
津波警報も発令されたため、日和が丘の地域の人達も避難所に避難したようですが、今回も日和山を目指した車が渋滞したそうです。日和山公園そのものは、駐車場も狭く、周辺道路も1車線のところばかりで、下の地域の人達が一斉に車で上がってきたらすぐに渋滞になってしまうのは当然のこと。
津波の時は、渋滞で高台に上がれなかった車の多くが流されてしまったと聞いていますので、今後は避難場所の指示だけでなく、避難の方法についてもルール化しておかないと、同じことの繰り返しになってしまうのではないかと思いました。これは海沿いのどこの地域でも言えることですね。
自宅避難生活が続いていたこともあって、水・食料・灯油はたくさんあるとのこと。カセットコンロのガスボンベも、先日宅急便で送ったばかりだったので、物資はしっかり確保しているようですし、ご近所の皆さんも心配して様子を見に来てくれているそうなので、ほんとうにありがたいです。
石巻市内だけでも避難者生活の方がまだ15,000人以上はいるそうです。石巻は平成の大合併で、周辺の多くの町と合併し、その広さが仇となって今となっては復興への道筋も見えないほど市政も混乱しているようです。
合併する前だったら、雄勝町・鮎川町・牡鹿町・北上町…など、たとえ被害が大きくとも、それぞれの町で地元に応じた対応ができたのではないかと思うことしばし。釜石・陸前高田・南三陸町などの他の被害の大きい三陸沿岸の市町村に比べ、石巻市長の顔をあまりメディアで見ないことも気になります。
私が石巻に帰ってから、はや2週間になりました。写真は公開しましたが、実家での生活などを少し。
幸いなことに、うちは高台にありましたから、津波の直接の被害からは免れることができました。実家にいるくみこさんは、震災2日目に避難所に避難した以外は、ずっと自宅避難者生活を続けております。3月16日に電気が、22日に水道が復帰しましたが、以前固定電話と都市ガスは使えません。でもとても恵まれたほうで、家が残っている地域でも、インフラがなに1つ復帰していないところも多く、携帯電話だけがなんとか使えるといった状況です。水と電気が来ていれば、迷惑にならないだろうという判断の元、山形行きの飛行機のチケットが取れたので、3月24日から実家に帰ることにしたのでした。
ご近所の皆さんのご支援や、町内会経由で配られる配給と、先発隊の義弟が届けたものなどがありましたから、食料は足りているとのこと。実は14日から私が帰省する予定だったので、食べ物も比較的たくさん用意してあったのだとか。それも幸いしたようです。
持ってきて欲しい物を聞いたところ、いつも使っている市販の薬イロイロや現金を持ってきて欲しいとのことでした。ちなみに、いまでもくみこさんの足で歩いていける範囲でお金をおろせるところはありません。ドラッグストアも同様です。
停電している地域も多いことですし、明るい時間に行動できるよう、前日に山形入りして山形に1泊。山形でも仙台からの買い出し客などもあり、地震の被害は少ないものの、コンビニやスーパーも物不足でした。翌朝、仙台行きの始発バスに乗って石巻に向かいました。山形交通のバスターミナルは、出発30分前で長蛇の列。大型バス3台目に乗りましたが、あと2台ぐらいは後ろに続いていたと思います。
仙台に着き、さくら野デパート前のミヤコーバスの石巻行きのバスの列に並びます。これも長蛇の列でしたが、バス会社の人が人数カウントをしていて、列のこのあたりは3台目に乗れますよと教えてくれたので、安心して並べました。ここでも大型バス5台分ぐらいはバスが出たようです。現在はバスも増便され、このときよりもずっと便利になっていると思いますが、逆に道が混雑しているそうです。
定刻より少し遅れて仙台を出発。途中、蛇田地区では、買い物(というより買い出し)に訪れているたくさんの人や車がいて、思っていたより賑わっていました。途中の道では特に混乱もなく、浸水の爪痕が残るバイパス道路を進んで、臨時停留所である石巻消防本部脇の空き地に着きました。
この空き地には、タクシーも数台おり、自衛隊の駐屯地のようになっていて、自衛隊の入浴サービスも実施中。遠くの避難所から大型バスがやってきて、避難者の皆さんがお風呂に入りにきていました。ここから自宅まで4キロ前後。底の厚いアウトドアブーツにマスクもしっかりして歩き始めました。(続く)
石巻に帰ったときに、実家のご近所の方から、震災・津波直後の門脇地区の様子を携帯電話で撮影した画像をいただいてきましたので、こちらも公開させていただきます。多くの皆さんに見てもらいたいとおっしゃっていたのですが、すぐに公開できなくてごめんなさい!
携帯電話でみせてもらった日付は11日だったのですが、天候から察するところ、翌日のようです。
震災当日の石巻市門脇地区 - a set on Flickr
先日YouTubeで日和山から津波が来る様子を放映しているTVをとったビデオ映像(YouTube - 日和山から見た津波)を見ていたら、バックで警報のサイレンが響き渡っていました。
くみこさんは、何度尋ねても、警報もサイレンも聴こえなかったと言っていて、気が動転していて耳に入らなかったのかなと思っていました。でもよくよく聞いて見ると、最初の地震の直後にすぐ停電になってしまったとのことで、少なくとも門脇五丁目付近(くみこさんが地震の時点で居た地域)では、警報のサイレンが良く聞こえなかったのは本当かもしれないなと思いました。
くみこさんは、その後、自宅の様子が心配で、日和が丘の自宅に歩いて帰ったため、津波の被害を逃れることができました。家の中も、花瓶やガラスの置物がいくつか壊れてしまった程度で、家の中ではたいした被害はなかったそうです。何年か前の宮城北部地震の後に、ガラスにフィルムを貼ったり、倒れそうな家具はヒモで吊ったりして防衛していたのも良かったのかもしれませんが、宮城県沖地震の際も、やはり陶器の人形が壊れたぐらいの被害でしたので、そもそも地盤がしっかりしているのかもしれません。東京の私のアパートの方が、家の中についてはよっぽどヒドイ惨状でした。昔は田んぼだったところだと思うので、地盤が緩いのではないかと思います。
震災翌日に津波後散発して発生した、写真に写っている火事が丘の土手の下まで迫っため、2日目の夜はご近所の方と一緒に中学校に避難して1夜を過ごしたそうです。私も、津波のことも心配でしたが、火事で日和山地区にも避難命令が出たのはニュースで聞きました。震災後の衛星写真でわが家の赤茶の屋根が確認できた時は、くみこさんと連絡がとれる前でしたが、10%ぐらい安心しました。あそこにさえいてくれれば…と願うばかりでしたね。
避難所生活は1日だけで、自宅に戻ってきたくみこさん。その後は自宅避難者生活になります。電気が通じるまでの間は、バッテリーの尽きるまでMacに入れていた孫の写真や動画をiPhotoで眺めたりして気を紛らわせていたそうです。少しはMacも役にたったかな。
では、私も多少体験できた自宅避難の様子はまた次回に!
すみません。なかなか平常モードに
戻れないでおります。石巻へ行ってきた報告を…と思っているうちに1週間が過ぎてしまいました。(写真は、震災前の、日和大橋から見た日和山方面。真ん中よりの大きな建物が石巻市立病院です)
仕事から帰ってきても、ついついニュースやネットで現地情報を見て過ごしてしまい、おまけに夕食を食べるとすぐに眠たくなってしまうため、自分のブログどころでは無くなっています。こんなに休んだのは海外旅行をして以来だと思います。
ニュースとしては原発の方が大きな問題になっているのだけれど、それでも被災地のニュースは毎日流れますし、私の頭の中も開放されずにいます。実際に地震と津波を体験していない私がこんなことではいけませんね。
気を取り直して…
私は年に数回石巻に帰省しておりまして、時間があれば実家の庭の写真を撮ったり、近所を散歩して写真を撮ったりしていました。flickrのアルバムもいくつかありまして、今それを見ると、感傷的な気持ちになるのですが、ガレキの山になる以前にはこんな町だったということでご紹介させていただきます。


上の空き地は、門脇地区から日和山(大手町・南光町)地区に上がる坂の途中にありました。下の写真の左側に見えている茂みが、上の写真の奥の茂みです。ちょうどこの空き地のところまで波が押し寄せたようです。


上の建物は津波後も残っていましたが、この建物のすぐ先が下の状態です。上の写真の奥ではありません。手前です。


いつもくみこさんから、お墓の写真なんかやめなさい!って言われていたのですが、それでも、毎日学校に通うときに見ていた上の写真の風景には思い入れががありました。
震災後、石巻にバスで着き、実家から3〜4キロ離れた臨時バス停から、浸水したヘドロだらけの町を歩き、途中まで迎えに来てくれたくみこさんと、家に行く前にこの坂の上に立ちました。このとき初めて、門脇・南浜地区の様子を目にしたのですが、想像はしていたのだけれど、悲痛な気持ちとはこういうことなんですね。泣きこそしませんでしたが、なにか胸に突き刺さるものがありました。


以前、実家の前は畑で、実家からは雲雀野公園(奥の海岸沿い)までの景色がいつも見えていました。今は、目の前に立派な家が建ち、もう実家からはほとんど見えなくなってしまったのだけれど、実家に帰るたび、家の近くの土手の上から町を眺めていました。今回実家に帰っている間も、毎日ここに立ちました。三陸の港町とは少し状況が違いますから、果たしてこの町がどこまで復活するのだろうかと漠然と考えながら…。
この地域一帯が全部海水に浸り、あちこちで火事になっていた津波直後に比べれば、私が行ったころは、ガレキの中に道もでき、車も通れるようになっていましたし、くみこさんから聞くと、近ごろは細い道も出来はじめ、少しずつこの光景も変化しているようです。
もうあれからそろそろ1ヶ月になろうとしている訳ですから、感傷的になるのは今日までにしたいと思います。まずは、石巻市内だけでも2万人近くいる避難所の皆さんの救済が最優先だと思います。私ももっと元気を出して、応援をしていきたいと思います。