昨日、石巻のくみこさん(母)のケータイのメールから、パソコンが調子悪いという連絡がありました。電話で話をきいてみたところ、インターネットが開けなくなったとのこと。
以前もこのようなことは何度かありまして、インターネットができなくなったら、黒い機械(ADSLのモデム)と白い機械(AirMac Express)の電源を一度切って、黒→白→パソコンの順番でスイッチを入れるようにとメモも置いてきてあるのですが、それはすでに何度もやったけどダメだったようです。
では念のためもう一度…ということで、黒い機械と白い機械のランプはついている…というので、まずはMacの確認。メニューバーのWi-Fiのインジケーターをクリックしてもらうのですが、ここにたどりつくのも、電話口で、画面の右上の「あ」の字(ことえり)の左→100%という字→乾電池のマーク→音のマーク→(くみこさん曰く)山みたいなマーク…と読み上げてもらいながらやりとりします。電話サポートはなかなか大変です。
AirMacのマークをみつけたところでクリックしてもらい、次はその下に出てくる文字(メニューの内容ですね)を上から読み上げてもらいました。どうやらAirMacはちゃんと「入」になっていて、AirMacにはつながっている様子。白い機械も緑のランプがついていると行ってますし、Wi-Fiの問題ではなさそうです。
次に、白い機械から青ケーブル(LANケーブル)を抜いて、MacBookに差し替えてもらいます。LANケーブルは一番大きい穴なのでわかりやすく、すんなり接続完了。ADSLのモデムとMacBookを直結してテストです。
もう一度黒い機械(ADSLモデム)の電源を入れ直してもらって、電話口でしばらく待ちます。5個ぐらいランプがついたところで、Safariを起動してもらったら、インターネットが出てきたとのこと。うーん、ADSLのモデムの不調かなぁ…これは。AirMacにつなぎ直せば、元通り無線でつながるけれど、しばらく有線接続で様子を見てもらうことにしました。
しかし…今日になって、またつながらなくなった電話がありました。黒い機械は、ランプが1つしかついていないらしい。やっぱりADSLのモデムが原因のようです。
プロバイダはOCN、ADSLはアッカという契約でしたので、まずはOCNのテクニカルサポートに連絡。サポートの方と話して、1つしかついていないというランプは、電源ランプらしいということが分かりました。モデムとして機能していないということですね。そのあとアッカのサポートに電話が転送され、無償でADSLのモデムを交換してもらうことになりました。レンタルモデムはこういうときに便利ですね。今日出荷して、明日の午後には届くそうです。
届く行ってもそれは石巻。でもちょうど来週石巻に帰省する予定でしたので、その時にセットしようと思います。電話口からくみこさんを遠隔操作しながらのセットは、なにかトラブルがあると先に進めなくなりますから、調子が悪くなるタイミングも良かったデス。
まだセットアップを終えてみないことにはわかりませんが、なんとかうまくつながるといいなぁ。
今日は帰りに牛乳があるかなとコンビニによりましたがありませんでした。あいかわらず東京のコンビニも品薄です。そして、パンの棚に並ぶヤマザキパンを見ると、配給のパンを連想してしまいました。
私が行った頃は、町内会を通じて自宅避難者へも配給があり、町内会の役員が、地区の公民館に物資を受け取りに行き、それを1件ずつ配っていました。1日でヤマザキの菓子パン2〜3個+おにぎり1個というところでしょうか。
その配給をしている町内会の役員さんたちも、男性ではあるのですが、正直言って後期高齢者な方ばかりのようにお見受けしました。そんなおじい様達が、坂道も多い町内を、2、3人でリヤカーを押して戸別訪問している姿を見かけ、ちょっと複雑な思いにもなりました。
その配給も、留守にしていると受け取れないから出かけられない、今日は来なかった…と、必ず受け取れるとも限りませんが、甘い菓子パンばかりですと、独居世帯にはちょっと過剰でもあり、受け取った分はすでに持て余し気味のようでもありました。さすがに1週間後には配給はなくなったそうです。
ヤマザキパンの活躍には頭が下がりますが、毎日甘い菓子パンばかりというのも厳しいですね。もっとお米が食べたいと思った方も多かったようです。避難所の方はなおさらでしょう。そうでなければカップ麺だったりしますから。
行っている間は、朝はパン(だだし、くみこさんのリクエストで、私の救援物資の中に「食パン」があり、菓子パンばかりでは無くなりました)、お昼はカップ麺系、電気と水がありましたからご飯はたけましたので夜はご飯を食べました。おかずは缶詰めや調達した野菜・果物、ご近所からのいただきもの、持ってきたレトルトカレーなど。食生活も少し良くなっておりました。それでも、男性やお子さんだったら量が少なくて辛いだろうなと思います。肉なんかも食べたいだろうと思いますし。
一度、共産党の救援物資配布にも出くわしました。ちょうど玄関を開けたときに、外で「日本共産党です、救援物資を持ってまいりました!」という拡声器の声が聞こえました。ここは私がリュックを背負って飛び出し、お米・リンゴ・バナナ・キュウリ・ハクサイ・羊羹を少しずつですが貰いました。最後の方なので種類が少なくてごめんね、と言われたけれど、パン以外のものが手に入って助かりました。
行った頃は、ガソリン不足がまだ続いていていましたが、東北道の規制が無くなり、物流が始まったかな…という頃でした。被害の少なかった地区ではスーパーもオープン。実家の地区では、大きなスーパーやチェーンのコンビニは全くないため、食べ物を買うことのできる店が少ないのですが、地元の食料雑貨店がいち早く野菜を売り始めていましたので、私も買い出しに行きました。その頃は野菜がなかなか手に入らなかったので、キャベツやトマトなどの野菜を見ただけでちょっと慌ててしまいましたが、くみこさんにその場でラインナップを電話して、ご希望によりトマトやサツマイモをゲット。
配給といい、買い出しといい、かつての戦中・戦後の物の無い時代の買い出しのようだなと思いました。でも自分の食いぶちぐらいは手に入れることができて良かった。救援物資は薬が中心だったので、食べ物はあまり持ってこなかったのです。
ちなみに、最近は野菜もだいぶ手に入りやすくなったので、次はたんぱく質が求められているようです。肉や魚ということですね。
とにかく日和山地区は、地震や津波の被害は少なかったものの、ことお買い物に関しては陸の孤島に近いものがあります。うちは車もないので、ご近所からの差し入れなどにも助けられております。私がいる間も、小松菜やほうれん草をたくさんいただいたり、遠くのスーパーで買ってきたものを届けてくれたりと、ほんとうにいろいろお世話になっていました。ありがとうございます。
門脇地区の復興はまだ時間がかかりそうですが、避難所も含め、日和山・鰐山方面の人達は「町」(中央・立町地区)のお店が営業再開することをみんな待っていると思います。露店でも良いので、これからの再出発を祈っております。
大きな余震の翌日の昨日、石巻の実家では朝には電気が復帰し、それと同時にソフトバンクの携帯電話も利用可能になり、夕方には水も出たそうです。不自由な生活ではありますが、まだまだ恵まれているほうですね。全国各地から電気・ガス・水道・電話の作業員の方々が派遣されています。現地でもたくさんの他府県ナンバーの作業車を見かけますが、みなさん、どこで寝泊まりしているのでしょう…。地元の作業員の皆様も含め、復旧に尽力されている多くの方々感謝しなくては。
さて、前回の続きです。
石巻の臨時パス停留所から、住吉地区〜立町・中央地区(いわゆる「まち」と言っていた地域)〜日和山地区を目指して歩き出しました。
停留所のあった地域でも、泥水が引いた跡があり、多くの自衛隊の車や給水車もあり、と、普段とは違う様子ではありましたが、車は普通に通行しています。住吉地区に入ると、ヘドロの量が増え、各家庭やお店で、浸水したヘドロのかき出し作業などが行われていました。黒いヘドロとヘドロまみれになった多くの家財が歩道に山積み。歩道は歩けないので車道の端を歩きました。
立町・中央地区に入ると、ひっくり帰ったたくさんの車・陸に乗り上げた船、大きく崩れた建物などが急に増え、自衛隊や他府県ナンバーの重機やトラックが、町の片づけ作業を行っていました。商店街のお店も、各自が必死で泥だし作業。まだ水が出ていない地域ですから、泥だらけの作業も大変です。今は、多くのボランティアさんが片づけをしてくれたこともあり、「まち」のほとんどのガレキは撤去されたと聞いています。
「まち」では、あのお店はどうなっただろう…などとつい気になってしまい、フラフラしながら歩いていたため、心配して途中まで迎えにきてくれていたくみこさんに、さらに心配をかけてしまいましたが、旧市役所前で無事合流。一緒に自宅まで帰りました。
実家では、この時点で電気と水道が通じていましたので、なんとか暮らせる状況ではありましたが、ちょうど灯油の残りを心配しているところでした。うちは車は無いですから、ガソリンは無くても良いのですが、暖房用の灯油が無いと困ります。逆にうちはお風呂が灯油なので、灯油が確保されればお風呂に入ることもできます。
いつもお願いしていたお米屋さんは津波で流されてしまいましたが、私がいる間に別のお米屋さんに連絡が取れ、灯油も売ってもらうことができて一安心。なんとそのお米屋さん、無くなった祖母のことも知っていたので話が早く進み、母と「すがさん(祖母のこと)凄いね」と喜びあいました。お店のお得意さんの多くも流されてしまったので、今後ともよろしくとのこと。お店が無事ではあっても、商圏が狭くなってしまったので、商売を続けるのも大変です。
こんな具合で、実家の家は無事ではありましたが、病院・郵便局・銀行・スーパー・コンビニ・美容院・電気屋さん・米屋さん…等々、生活のほとんどを門脇地区に依存していたため、今後の生活に不安が残ります。足(車)がないので、遠くに買い物に行くことができません。せめて町側(中央地区)が早く復興してくれると良いのですが…
(つづく)
昨夜の地震、東京でもかなり揺れました。石巻市でも、震度計が壊れてしまって震度が測定できなかったという話も聞きました。
くみこさんとは1晩連絡できませんでしたが、知人のDoCoMoの携帯電話を借りて無事の連絡がありました。せっかく復活してきたインフラも、また0に戻ったようですが、朝になって電気とソフトバンクの電波は復帰。固定電話も昨日復活したのですが、今は発信のみで受信はできない状態だそうです。どちらかというと今回は女川原発が心配ですね…。
津波警報も発令されたため、日和が丘の地域の人達も避難所に避難したようですが、今回も日和山を目指した車が渋滞したそうです。日和山公園そのものは、駐車場も狭く、周辺道路も1車線のところばかりで、下の地域の人達が一斉に車で上がってきたらすぐに渋滞になってしまうのは当然のこと。
津波の時は、渋滞で高台に上がれなかった車の多くが流されてしまったと聞いていますので、今後は避難場所の指示だけでなく、避難の方法についてもルール化しておかないと、同じことの繰り返しになってしまうのではないかと思いました。これは海沿いのどこの地域でも言えることですね。
自宅避難生活が続いていたこともあって、水・食料・灯油はたくさんあるとのこと。カセットコンロのガスボンベも、先日宅急便で送ったばかりだったので、物資はしっかり確保しているようですし、ご近所の皆さんも心配して様子を見に来てくれているそうなので、ほんとうにありがたいです。
石巻市内だけでも避難者生活の方がまだ15,000人以上はいるそうです。石巻は平成の大合併で、周辺の多くの町と合併し、その広さが仇となって今となっては復興への道筋も見えないほど市政も混乱しているようです。
合併する前だったら、雄勝町・鮎川町・牡鹿町・北上町…など、たとえ被害が大きくとも、それぞれの町で地元に応じた対応ができたのではないかと思うことしばし。釜石・陸前高田・南三陸町などの他の被害の大きい三陸沿岸の市町村に比べ、石巻市長の顔をあまりメディアで見ないことも気になります。
私が石巻に帰ってから、はや2週間になりました。写真は公開しましたが、実家での生活などを少し。
幸いなことに、うちは高台にありましたから、津波の直接の被害からは免れることができました。実家にいるくみこさんは、震災2日目に避難所に避難した以外は、ずっと自宅避難者生活を続けております。3月16日に電気が、22日に水道が復帰しましたが、以前固定電話と都市ガスは使えません。でもとても恵まれたほうで、家が残っている地域でも、インフラがなに1つ復帰していないところも多く、携帯電話だけがなんとか使えるといった状況です。水と電気が来ていれば、迷惑にならないだろうという判断の元、山形行きの飛行機のチケットが取れたので、3月24日から実家に帰ることにしたのでした。
ご近所の皆さんのご支援や、町内会経由で配られる配給と、先発隊の義弟が届けたものなどがありましたから、食料は足りているとのこと。実は14日から私が帰省する予定だったので、食べ物も比較的たくさん用意してあったのだとか。それも幸いしたようです。
持ってきて欲しい物を聞いたところ、いつも使っている市販の薬イロイロや現金を持ってきて欲しいとのことでした。ちなみに、いまでもくみこさんの足で歩いていける範囲でお金をおろせるところはありません。ドラッグストアも同様です。
停電している地域も多いことですし、明るい時間に行動できるよう、前日に山形入りして山形に1泊。山形でも仙台からの買い出し客などもあり、地震の被害は少ないものの、コンビニやスーパーも物不足でした。翌朝、仙台行きの始発バスに乗って石巻に向かいました。山形交通のバスターミナルは、出発30分前で長蛇の列。大型バス3台目に乗りましたが、あと2台ぐらいは後ろに続いていたと思います。
仙台に着き、さくら野デパート前のミヤコーバスの石巻行きのバスの列に並びます。これも長蛇の列でしたが、バス会社の人が人数カウントをしていて、列のこのあたりは3台目に乗れますよと教えてくれたので、安心して並べました。ここでも大型バス5台分ぐらいはバスが出たようです。現在はバスも増便され、このときよりもずっと便利になっていると思いますが、逆に道が混雑しているそうです。
定刻より少し遅れて仙台を出発。途中、蛇田地区では、買い物(というより買い出し)に訪れているたくさんの人や車がいて、思っていたより賑わっていました。途中の道では特に混乱もなく、浸水の爪痕が残るバイパス道路を進んで、臨時停留所である石巻消防本部脇の空き地に着きました。
この空き地には、タクシーも数台おり、自衛隊の駐屯地のようになっていて、自衛隊の入浴サービスも実施中。遠くの避難所から大型バスがやってきて、避難者の皆さんがお風呂に入りにきていました。ここから自宅まで4キロ前後。底の厚いアウトドアブーツにマスクもしっかりして歩き始めました。(続く)
石巻に帰ったときに、実家のご近所の方から、震災・津波直後の門脇地区の様子を携帯電話で撮影した画像をいただいてきましたので、こちらも公開させていただきます。多くの皆さんに見てもらいたいとおっしゃっていたのですが、すぐに公開できなくてごめんなさい!
携帯電話でみせてもらった日付は11日だったのですが、天候から察するところ、翌日のようです。
震災当日の石巻市門脇地区 - a set on Flickr
先日YouTubeで日和山から津波が来る様子を放映しているTVをとったビデオ映像(YouTube - 日和山から見た津波)を見ていたら、バックで警報のサイレンが響き渡っていました。
くみこさんは、何度尋ねても、警報もサイレンも聴こえなかったと言っていて、気が動転していて耳に入らなかったのかなと思っていました。でもよくよく聞いて見ると、最初の地震の直後にすぐ停電になってしまったとのことで、少なくとも門脇五丁目付近(くみこさんが地震の時点で居た地域)では、警報のサイレンが良く聞こえなかったのは本当かもしれないなと思いました。
くみこさんは、その後、自宅の様子が心配で、日和が丘の自宅に歩いて帰ったため、津波の被害を逃れることができました。家の中も、花瓶やガラスの置物がいくつか壊れてしまった程度で、家の中ではたいした被害はなかったそうです。何年か前の宮城北部地震の後に、ガラスにフィルムを貼ったり、倒れそうな家具はヒモで吊ったりして防衛していたのも良かったのかもしれませんが、宮城県沖地震の際も、やはり陶器の人形が壊れたぐらいの被害でしたので、そもそも地盤がしっかりしているのかもしれません。東京の私のアパートの方が、家の中についてはよっぽどヒドイ惨状でした。昔は田んぼだったところだと思うので、地盤が緩いのではないかと思います。
震災翌日に津波後散発して発生した、写真に写っている火事が丘の土手の下まで迫っため、2日目の夜はご近所の方と一緒に中学校に避難して1夜を過ごしたそうです。私も、津波のことも心配でしたが、火事で日和山地区にも避難命令が出たのはニュースで聞きました。震災後の衛星写真でわが家の赤茶の屋根が確認できた時は、くみこさんと連絡がとれる前でしたが、10%ぐらい安心しました。あそこにさえいてくれれば…と願うばかりでしたね。
避難所生活は1日だけで、自宅に戻ってきたくみこさん。その後は自宅避難者生活になります。電気が通じるまでの間は、バッテリーの尽きるまでMacに入れていた孫の写真や動画をiPhotoで眺めたりして気を紛らわせていたそうです。少しはMacも役にたったかな。
では、私も多少体験できた自宅避難の様子はまた次回に!
すみません。なかなか平常モードに
戻れないでおります。石巻へ行ってきた報告を…と思っているうちに1週間が過ぎてしまいました。(写真は、震災前の、日和大橋から見た日和山方面。真ん中よりの大きな建物が石巻市立病院です)
仕事から帰ってきても、ついついニュースやネットで現地情報を見て過ごしてしまい、おまけに夕食を食べるとすぐに眠たくなってしまうため、自分のブログどころでは無くなっています。こんなに休んだのは海外旅行をして以来だと思います。
ニュースとしては原発の方が大きな問題になっているのだけれど、それでも被災地のニュースは毎日流れますし、私の頭の中も開放されずにいます。実際に地震と津波を体験していない私がこんなことではいけませんね。
気を取り直して…
私は年に数回石巻に帰省しておりまして、時間があれば実家の庭の写真を撮ったり、近所を散歩して写真を撮ったりしていました。flickrのアルバムもいくつかありまして、今それを見ると、感傷的な気持ちになるのですが、ガレキの山になる以前にはこんな町だったということでご紹介させていただきます。


上の空き地は、門脇地区から日和山(大手町・南光町)地区に上がる坂の途中にありました。下の写真の左側に見えている茂みが、上の写真の奥の茂みです。ちょうどこの空き地のところまで波が押し寄せたようです。


上の建物は津波後も残っていましたが、この建物のすぐ先が下の状態です。上の写真の奥ではありません。手前です。


いつもくみこさんから、お墓の写真なんかやめなさい!って言われていたのですが、それでも、毎日学校に通うときに見ていた上の写真の風景には思い入れががありました。
震災後、石巻にバスで着き、実家から3〜4キロ離れた臨時バス停から、浸水したヘドロだらけの町を歩き、途中まで迎えに来てくれたくみこさんと、家に行く前にこの坂の上に立ちました。このとき初めて、門脇・南浜地区の様子を目にしたのですが、想像はしていたのだけれど、悲痛な気持ちとはこういうことなんですね。泣きこそしませんでしたが、なにか胸に突き刺さるものがありました。


以前、実家の前は畑で、実家からは雲雀野公園(奥の海岸沿い)までの景色がいつも見えていました。今は、目の前に立派な家が建ち、もう実家からはほとんど見えなくなってしまったのだけれど、実家に帰るたび、家の近くの土手の上から町を眺めていました。今回実家に帰っている間も、毎日ここに立ちました。三陸の港町とは少し状況が違いますから、果たしてこの町がどこまで復活するのだろうかと漠然と考えながら…。
この地域一帯が全部海水に浸り、あちこちで火事になっていた津波直後に比べれば、私が行ったころは、ガレキの中に道もでき、車も通れるようになっていましたし、くみこさんから聞くと、近ごろは細い道も出来はじめ、少しずつこの光景も変化しているようです。
もうあれからそろそろ1ヶ月になろうとしている訳ですから、感傷的になるのは今日までにしたいと思います。まずは、石巻市内だけでも2万人近くいる避難所の皆さんの救済が最優先だと思います。私ももっと元気を出して、応援をしていきたいと思います。
28日の夜に、石巻から東京へ帰ってきました。出がらしの被災地写真ではありますが、私がバス停から実家まで歩いた範囲と、実家の周辺で撮った写真をFlickrにアップしました。テレビやネットで見てはいても、実際にがれきの山の中に立ってみると、厳しい現実を突きつけられたような気持ちになりました。もう実家のすぐ目の前のことなのです。でも、多くの人たちが救援・復興に力を尽くして下さっている様子も目にしましたし、希望を持って、これからも故郷を応援したいと思います。この写真は石巻のタンポポ。もう春は来ています。
今日はもう画像をアップするだけで精いっぱいなので、次回以降に、少し解説をつけてあらためて紹介したいと思っています。
2 weeks after TSUNAMI @ishinomaki 津波から2週間後の石巻 - a set on Flickr
長い帰りの道中も、いろいろなことが頭の中を巡りました。私が見たのは、石巻市のごくごく一部。それだけでも心の痛むことなのに、これが太平洋沿岸一帯で起きたことなのだと思うと、もう通り一遍の表現では言い表せないものがあります。マスコミにはほとんど報道されない、リアス式海岸の1つ1つのギザギザの谷間にある多くの小さな港の集落の皆さんのことも気になります。もちろん、自宅避難者の母くみこさんの今後のことも気になります。
原発事故や計画停電でちょっとした非常体制下にあるとはいえ、多少の物不足はあるものの、普通に生活できる東京に戻ると、なんだかフクザツな気持ちで一杯になりましたが、いつまでも私がグズグズしていても仕方ないですね。多くの犠牲者の方のご冥福を祈り、少しでも早く、被災地の皆さんが普通に暮らせるように願い、遠くからでもなにか協力できたらと思っています。
私としては、今後もピンポイントで石巻をフォローして行きたいと思います。地震・津波の直後や、赤十字の救援活動の様子など、多くの人が多くの写真を見ることができるのは、阪神淡路大震災の時と大きく違っている部分ですね。いくつかご紹介して、今日はひとまず。
石巻の各地の写真を地元から発信されている日下さんのブログとPicasaアルバム
石巻・女川の震災被害
Picasa ウェブ アルバム - 羊一日下
Flickrのアルバムで石巻が映っているもの
Collection: Japan Earthquake and Tsunami Disaster 2011
Ishinomaki, Miyagi - a set on Flickr
Japan - earthquake & tsunami response - a set on Flickr
大震災から2週間。JALの山形便が取れたので、これから山形へ飛び、山形からバスを乗りついで石巻に行ってきます。食べ物は主に自分の分を、リクエストにより、物資の大半が薬です。足がないので、市内では結構歩くことにもなると思いますが、がんばります!
Twitterでポイントポイントでつぶやきたいとは思いますが、現地ではiPhone1本で頑張ることになります。3G波だけが頼りです。ソフトバンクさんよろしくお願いいたします。
NHK以外は、TVもほぼ通常通りに戻りましたが、逆に一般人レベルで現地に入ることができるようになり、多くの人が写真などをアップして下さっています。くみこさんの住む日和山・日和が丘のすぐ下が南浜町・門脇地区、その山の逆におりると、地元で「町」と言っている、中央町や立町です。あくまで私はピンポイントで駅から南浜町までの、私の生活圏であった地域の情報を集めるようにしていますので、画像等リンクしておきます。
石巻・女川の震災被害: 石巻アーカイブ
がんばろう!石巻~2(動画)|隊長の隠れ家
オニコウベの風に吹かれて
わかってはいましたが、南浜町・門脇地区は、火事があったこともあって、すすけたようにもなっており、戦場のようになっています…。自衛隊の車両が多いので、よけいにそんなイメージを連想してしまいます。
どうして小学校まで火事になってしまったのかも、ブログを読ませていただいて少し分かりました。コトウノ商店のスタンドからという話もありましたが、流された車も爆発したようですね…。
熊谷商店の坂(超ローカルですみません。門脇地区から大手町方面に上がる、車がすれ違うのがギリギリの幅の道です)で、逃げようとしている車が渋滞していた話も出ていました。この渋滞は、くみこさんも津波の前に自宅に戻る途中で見たようですが、あの様子では車に乗ったままだった人は流されてしまったかもしれないと言っていました。無事で会えた方は、徒歩で逃げた方が多かったようです。
日和山のすぐ近くまで来た火事の様子もわかります。下の地域にあちらこちらで火の手が上がり、すぐ下まで火の手が迫り、山の上の実家も本当に危機一髪だったとのこと。日和が丘までの延焼を防いでくれたのは、地元の消防署の皆さんのおかげです。土手から少し離れた、市女高(石巻市立女子高校)のプールから水を引いて放水していたそうです。そうですよね…水道も止まっていたのですから、消火作業もままならなかったことでしょう。実家もその火事を心配していましたが無事でした。ご尽力に感謝いたします。
昨日は、自宅にいる独居老人(!!!事実ではあるのですが…)向けということで、くみこさんのところにも、ペットボトル数本とカップラーメンの配給があったとのこと。自宅にいる人たちの把握も進んできたようです。行政に把握してもらえただけでも良かった…。
そしてくみこさんも、昨日は歩いて石巻高校へ薬をもらいに行き、その帰りに開いていた床屋さんで、久しぶりに洗髪してもらったとのこと。ヤカン1杯のお湯で洗ってくれたそうですが、それでも気持ちが良かったと申しておりました。水を汲んで、お湯を沸かすのも、いつもだったら普通のことなのだけれど、この状況ではご苦労も多いことでしょう。それでも営業を再開!近所の床屋さんにピンポイントでエールを送りたいと思います。
石巻に暮らす実家の母の安否は確認できたものの、毎日どうしても現地のことが気になってしまいます。福島の原発のこと、東京の大停電のことも大変なのだけれど、そっちはそっちでなんとかして下さいという感じです。家にいると、節電しなくてはいけないのに、ついネットであちこち情報を見てしまいます。
現在、母くみこさん宅は、東北電力及び協力してくださっている全国の電力会社さんのご尽力により、16日の夕方に電力が復帰しました。1件1件をまわり、復帰時に事故が起きないように確認しながらの作業だったようです。本当にご苦労様です。そして、電力が復帰した頃から、自宅にもソフトバンクの電波が届くようになりました。くみこさんはソフトバンク携帯だったのでありがたいです。
auが日和山に移動アンテナ車を設置という情報も見かけていたのですが、ご近所の方も、日和山に行くとauがつながる…と言っていたそうです。ソフトバンクも当初は避難所になっている石巻高校や門脇中学校のあたりでつながりはじめたそうなので、あのあたりに臨時のアンテナを立ててくれたのではないでしょうか。地区ではDoCoMoはまともにつながらず、DoCoMoはダメだね…ということになっているとか。くみこさんの携帯は、公衆電話のようになっていると言っていました。しかし、まだ中央町など山の下ではまだつながらないようです。
明日からは、仙台〜石巻間のミヤコーバス(宮城交通)が走り始めます。連休なので、多くの人が石巻入りしそうです。無人の店舗からの窃盗なども、実際あるようですが、人の目が増えて、そのようなことも減ってくれることを期待してます。まあ、もう盗むものもないと思いますけど。
ソフトバンクの電波と電気が来ているなら、iPadが使えるなぁ、iPad2が予定通り発売だったら、3Gのほうを買って持っていったのになぁ…などど、妄想できるようになったので、私も少し日常を取り戻してきたのだと思います。
ということでひとまず。
15日の朝、母校で避難所にもなっている石巻市立門脇中学校の近くまで電気がきているらしいというネット情報をみて、もしかしてと思い、iPhoneの音量をONにし、デスクの上に置いて勤務していました。9時45分ごろ、iPhoneの着信音が鳴り響き、画面に母の顔が表示された時には、つい「かかってきたっ」と叫んでしまいましたが、うっかり切ってしまったりしないようにドキドキしながら慌てて外に飛び出し(事務所内はソフトバンクの電波微弱のため)無事受信。長くは話せませんでしたが、無事自宅にいることが確認できました。
ご心配いただいた方々、コメントをいただいた方々、この場でまとめて御礼申し上げます。でも、まだまだ安否確認できていない方が大勢いらっしゃいます。なんとか、もっと現地の声が伝わりますように!
こちらとしても、向こう携帯電話の電池が心配なので、あまり長くは話せず、周囲の状況などは聞けませんでしが、一言、「地獄のようだよ」と言っていました。それは眼下の南浜町や門脇町のことを言っているのだと思います。地震発生から実際に津波が来るまで時間があったと聞いていますから、1人でも多くの皆さんが避難してくれていることを祈るばかりです。下の地区のことを考えると、本当に涙が出ます。
また、薬ももらってきたと言っていまして、おそらく石巻高等学校の近くの佐藤神経内科に行ったのではないかと思います。この病院もインフラを除けば無事だったはず。きっと病院の帰りに宜山町方面(先の門脇中学校に近い地域です)まで少し歩いたので、ソフトバンクの携帯がつながったようです。今朝のmixi情報では、門脇中学校ではソフトバンクとauがつながったとのこと。docomoはまだダメなのだとか。そういうこともあるのですね。
日和山〜羽黒山一帯の山の地域では、食料品店が少ないのが痛かった。かつてあった店の多くは、みんな廃業しています。門脇中学校の避難所で配られたのが豆腐と油揚げという情報も、なんとなくうなづけました。自宅から最も近い食べ物を売るお店も、お豆腐屋さんだと思います。
物資は別として、インフラとしてはとにかく電気と通信が復活して欲しいです。東北電力・NTTさんも頑張れ!そして、せめて女川原発で事故が無かったのがせめてもの救いです。福島のようになっていたら、被災地では逃げようもありません!女川原発の施設にも避難する人たちがいる位ですから。
もう暇さえあれば、TVとネットで石巻の情報集めをしています。Twitterは同じような「拡散希望」のRTがあふれすぎ、肝心の情報が見つけ難くなっているように感じました。善意の拡散が情報を混乱させているようにも感じました。そのあたりはnobiさんがブログで発信されています。Twitterを使われている方は、是非こちらをご覧になっていただきたいと思います。
インパクトの少ないな情報支援を心がけたい | nobi.com (JP)
沿岸部を除き、内陸部は浸水のみで、人的被害は少なかった(私があちこちネットでみた限りということです)ようですが、とにかく固定電話・携帯電話が通じないために、安否確認できないことが、皆さんが困っていることだと思います。避難所のリストなど、Googleさんが画像で提供しはじめましたが、発信する側の通信手段が確保されないと難しい。F局のアナウンサーが入れ替わり立ち替わり現地入り(そして翌日には東京でTV出演)するぐらいなら、避難所の被災者リストだけでも持ち帰り、東京で発表してくれるぐらいのことをして欲しいです。
そして、自衛隊を始め、多くの救援隊が入っているはずなのですが、どこでどういう活動をしているのかも、発表していただけるとさらに助かります。特に自衛隊は「隊」がはっきりしていて、通信手段も持っていますから、本日はどの地域に何人入って救助活動をしているというような細かい情報を流して欲しいです。救助実績だけでなく、このあたりで活動している…というだけでも良いです。救助活動で大変だとは思いますが、ご検討いただければ…
今は、被災地のために買いだめに走らず、節電することしか私にはできません。本日はひとまず。
この週末で帰省してきましたので、くみこさん(母)が選んだ、ニコンのCOOLPIX S620をプレゼントしてきました。
小ささも、液晶画面の大きさも満足してくれたようです。特にパールピンクという色合いが気に入ってくれたようで、自分の携帯電話と並べて「ゴージャスだ」と喜んでいました。
(写真は孫とSkype中のくみこさん。週1回Skypeで定期交信できるようになりました。)
私が拝借して撮影してみたアルバムはこちら...
Nikon CoolPix S620 試し撮り - a set on Flickr
曇りの日で、ついつい庭の花々ばかり撮ってしまいましたが、それでもなかなか自然な雰囲気で撮れたと思います。個人的にも久しぶりのニコンのコンパクトデジカメですが、ニコンの派手過ぎない色合いは好みなのです。
実際にくみこさんに使ってもらってどうかということですが、最近はパソコンや携帯電話など、いろいろな電子製品に慣れてきたこともあり、ボタンを押すことそのものは問題ないようです。ただ、どのボタンを押すとどうなるのか...というのがすぐにはわからないので、慣れるまでには少し時間がかかりそうです。
今までのデジカメと形状が違うため、カメラの構えかたがまだおっかなびっくりなのと、ズームの操作がやりにくいらしく、四苦八苦していました。しっかり構えられないので、シャッターを押すときに、端で見ていてかなり手ブレしていそうなのですが、そこは手ブレ補正の威力。そこそこキレイに写っていました。
たくさんのシーンモードがあるのは良いのですが、そのシーンの切り替えが少しわかりにくいおうです。本人はMENUとSCENEがごっちゃになってしまい、シーンを選ぶのにMENUボタンを押して、無い無いと騒ぐことになってしまいます。とりあえずは、マクロも自動で切り替えになるので、おまかせSCENEモード&フラッシュ禁止モードにしておくことにしました。室内撮影はフラッシュ無しでもかなり明るく撮影できましたので。
そして...1200万画素はあまりに大き過ぎるので、解像度は500万画素にセット。今まで(150万画素ぐらいで使っていた)に比べると読み込みに時間がかかるのが、少し待てない様子ではありましたが、これも慣れてもらわないと。
近所の本屋では欲しい本が買えない...というので、今回はamazonでの買い物方法も指導。さっそくデジカメケースを一緒に注文しました。
携帯電話を買った当初は、メールもこれで間に合うし、もうパソコンは肩が凝るから使わない...というようなことを言っていたけれど、最近はプロ野球の結果(ヤクルトファン)をチェックしたり、お気に入り(私のブログではありません)のブログを読んだり、Skypeができるようになり、宅急便の配達状況をチェック(これは自力で習得)したり...と、少しずつですが進歩しております。
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ニコン COOLPIX S620(クールピクスS620) プレシャスピンク(本日現在楽天最安値)
母くみこさんのデジカメ選び、いつもの携帯メールや電子メールでなく、久しぶりに「お手紙」で返信アリ。歳をとるとかえってカワイイのが良くなるの...ということで、ニコンのCOOLPIX S620のピンクという返事でした。やはり小さめのタイプがよかったようです。
ヨドバシカメラのポイントが貯まっているので、そもそもヨドバシで買うつもりでいたのですが、先週新宿でチェックした時点では29,800円。思ったより値段が下がっていませんでした。
もう少し下がってくるとうれしいなと思い、昨日吉祥寺のヨドバシへ行ってみたところ、「本日まで」という表示で26,800円+20%ポイント還元に!財布の中身もなんとか間に合いそうでしたので即決で購入してきました。思っていたよりも安く買えたので良かったです。予備のバッテリーを買うつもりですっかり忘れていたので、あとでまた買いに行かなくては...。バッテリー、結構高いんですよね。 SDカードは私が持っているものを何枚かあげるつもりです。
ピンクも落ち着いた感じで、見た感じは軽くて良さそう。あとは、くみこさん本人がうまく使えるかどうか...。今までとは少し使い勝手も違うので、慣れるまではちょっと大変かもしれないなぁ。
あれ、amazonでも結構安かった...しかも色によって値段が違っています。
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さて、母くみこさん用のデジカメ選び。まずは私がある程度選んでみました。自分のモノではないとはいえ、こうやってあれこれ悩むのは結構楽しいのです。
まずソニーは、安価なSDカードが使えないので最初からパス。オリンパスとペンタックスは私の好みではないのでこれも即除外。自分が気に入って使っているリコーも、小型の機種がないので除外。のこりはカシオ、フジ、パナソニック、キャノン、ニコンです。
比較的小型モデルのうち以下の条件で考えてみました。
値段は3万円まで(これは私の都合)
液晶は最低2.7インチ欲しい
重さ200g以下
ボタンが押しやすい(タッチパネル不可)
多少動きの速いものが撮れる
カシオは液晶画面もどの機種も大きく、軽い機種が多いので良いのだけれど、店頭で触ってみたところ、ボタンが押しにくい機種が多いのでボツ。
富士フィルムはFinePix Z250fdではボタンが小さくて押しにくいし、FinePix F200EXRだと高機能(評判はエラく良いようで...)な分、少し重すぎる。
パナソニックでは液晶が2.5インチだけれど、マクロもオートで撮れるLUMIX DMC-FX40あたりがコンパクトで良さそうでしたが、私がパナソニックを好きになれないこともあり、悩んだ末にパス。
で、最後に残った2社のカタログを送ってくみこさんに選んでもらうことにしました。
" vspace="5" align="left">キャノンは、少しいかついけれど、少し古い機種で価格も安く、なんといっても画面が3インチ(液晶が大きいのが欲しいと申してましたので...)で、ボタンが最も大きくて押しやすいコレを推薦...
キヤノン:IXY DIGITAL 920 IS|概要
ニコンでは、軽量で機能も十分のこのあたりを推薦(やっとデザインにやぼったさが抜けましたし...)。キャノンに比べると液晶画面やボタンが小さいので、使い勝手でどうかなというところ。
COOLPIX S620 - コンパクトデジタルカメラ | ニコンイメージング
果たしてくみこさんはどちらを選ぶでしょう?
そして自分はこちらがとても気になってしまいました。発売されてから時間も経過し、だいぶ安くなっているようです。
【新製品レビュー】富士フイルム「FinePix F200EXR」@デジカメウォッチ
25,000円を切ってますね...
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FUJIFILM FinePix F200EXR ブラック
母であるくみこさん、デジカメは長らくSONYのCybershotを使っていました。最初に手にしたデジカメがこちら。
now and then: CyperShot U-10 オリジナルケース?
当時のソニーの新製品情報
News and Information 本体質量87gの小型・軽量サイズを実現した新シリーズ"サイバーショットU"誕生
このデジカメ、液晶が非常に小さくて見にくい、ボタン類が微小で押しにくいのですが、それでも今でも十分通用する超軽量と、フルレンジオートフォーカスで、意外と何でも手軽に取れるということで、今でもくみこさんお気に入りのデジカメです。荷物を軽くしたい時には今でもこれを持っていくそうです。実際のところ、液晶画面は方向を定めるぐらいの役割で、感覚でパチパチ撮っているようでした。それでもそれなりに写るのがエライ。名機だと思います。でも100画素なので、L版でプリントするには画素数不足でした。
そして程なく入手した2台目は、確かこんなのだったような...
News and Information 充電池持続時間の大幅な向上と、高速シャッターラグですばやく快適に撮影ができる"サイバーショット"Pシリーズ 3機種 発売
乾電池が使えるタイプでしたので、大きくて重いのがネック。しかしお友達に撮った写真を配るには300万画素はないとキビシイので、結局ずっとこちらをメインで使っておりました。
毎年のようにデジカメを買い替える私から見ると、そろそろ買い替えても...と思っていたのですが、さすがに最近はまわりのおばさまというか、おばあちゃま方のお持ちの機種と比べて、古くて見劣りがし、しかも動きの速い孫を撮影するには厳しい...ということで、新カメラを買ってあげる約束をしておりました。
ヨドバシのポイントもそこそこ貯まり、いよいよ約束を果たそうと、予算3万円前後と決めて、いざデジカメ売り場に選びに行きましたが、液晶画面やボタン類が大きいものを選ぶと重たくなり、小さなモノを選ぶと液晶が小さめでボタンが押しにくい...と、どうもその場では選びかね、全社カタログだけもらって帰ってきました。
そして、家に帰ってじっくり機種のしぼりこみとなりました。(つづく)
くみこさん(母)は、CDで音楽を(スピーカーで)聴きながら寝る習慣があり、いつもCDラジカセを使っています。この1年で立て続けに2台壊れてしまいました。実際はカセットもラジオも必要がないので、CD+スピーカーであれば充分なのですが、そういう製品はないものですね。CDウォークマン+スピーカーという方法もありますが、やはりラジカセタイプの方がボタンも大きく、操作がわかりやすい。
ということで、今回はCDラジオ(カセットがついていないのでラジカセではないのです。)にしてみました。
CDウォークマンを立てて、両側に小さめのスピーカーを取り付けたような形状。コンパクトで軽いので、くみこさんの評価は上々でした。CDの出し入れ方法が独特(斜めにCDを奥まで差し込んでフタを閉める)なので、少々慣れが必要のようです。
一応SONY製品ですが、この前に使っていたラジカセもSONYだったけれど半年で壊れました。正確にはCDが聴けなくなっただけですので、ラジカセとしてはまだ使えます。Made in Chinaとはこんなものでしょうか。せめて2年ぐらいはがんばって欲しいなぁ。
SONY CDラジオCFD-E10TV シルバー
くみこさん(母)の使っているプリンタは、エプソンのPM740C。当時最も安く、なにしろものすごい騒音をたてて印刷をする機種だったのですが、確か買ってから3〜4年経過してきたと思うので、誕生日プレゼント(1ヶ月先)と母の日(1ヶ月前...)の合わせ技で、プリンタをプレゼントにしました。
主な目的は、デジカメで撮影した写真プリント、年賀状の印刷、そしてたまにコピー..ということなので、今回は複合機に。機種に迷ったのですが6色インクのエプソンPM-A820にしました。自分でも複合機は使ったことがないので、私としても初めて触る複合機であります。今、私が使っているプリンタよりもいいよなぁ...と思ったり。
くみこさんは、この日のために、旅行に行ったときのデジカメ写真をメモリから消さずに待っていたということで、プリンタをMacにつなげる前に、まずメモリスティックから直接印刷してみました。よくよく見ると本体ボタンの文字も、以前より比較的大きくわかりやすく書いてありますね。このあたりは、カラリオミーシリーズで培った簡単プリントのノウハウが生きているんだなといまさら実感。そして実際印刷してみると、印刷結果は今までと雲泥の差。今は本当にきれいですねぇ。
自分でプリンタを選ぶときは「液晶画面なんて不必要だ」と思っていましたが、写真プリントが主目的だとこれは不可欠ですね。予算の関係で液晶は小さいほうになりましたが、高級機種になるほど液晶画面が大きいようなので、もう少し液晶が大きくても良かったかも...と思ったくらいです。
Mac(Mac OS X Tiger)へのドライバインストールは多少つまづき、付属のユーティリティソフトのうち、いくつかがどうしてもインストールできませんでしたが、当面は印刷できればいいかな...ということで細かいところはすっぱりあきらめました。
現在は、こんな具合にレースのテーブルクロスの上にセット(プリンタは画面の奥です)して、セルフ印刷をしております。とにかく写真プリントが「静かに、速く、きれい」にできるようになったということで、めでたしめでたし。
ただ、お友達に配る...ということで「きれい」モードでたくさん写真プリントていたのですが、あっというまにインクが減ってしまったのが気掛かりです。インク...高いですよね。
今回のお買い物(ギフト)
【EPSON 複合機 新製品 PM-A820 税込17,300円】
私のではありません。くみ子さん(母)の新しいケータイです。一緒に店頭に行って、とにかく好きなモノを選んでもらったら、このpantone携帯になりました。ワンセグはないけれど、カラーバリエーションが20色、おサイフケータイにも対応する最新3Gになりました。カラーバリエーションは本来20色あるはずが、在庫があるのは10色弱。しかし本人はこの在庫ありのゴールドがいたって気に入ったようですし、私も落ち着いていてなかなか良い色だと思いました。
地方で携帯を買うと本体価格が高いですね。私が東京で買ってくれば良かったかなともチラリと思いましたが、すぐに欲しいということでしたし、一緒に実物を見て選んだ方が本人も納得できるのでこれでよしとしましょう。
いろいろありまして、ソフトバンクの「新スーパーボーナス」なるサービスを利用して、本体を2年で分割払いする代わりに、その間の基本料金は差し引き割引になる制度を利用。このサービスに不安がないわけではなかったのですが、一緒に説明を聞き、本人が納得して2年間は大事に使う(今までのPHSは4年使用)というので決定。月額の料金はホワイトプラン+αで済むかなと思っていたのだけれど、少し予定が狂いました。保険にも入りましたが、水没と紛失だけは気をつけてもらわなくては。
しかし...なんだかんだいって小さくてスマートな携帯はうらやましいです。シャープ製なので液晶画面もきれい。数字ボタンも「アークリッジキー」で押しやすく、表示の文字もかなり大きく設定でき、シンプルメニューという簡単モードもついているので、年配の方でも安心してお使いいただけるようです。
その後、ケータイの使い方の指導になんだかんだで半日。今までのPHSとは全く勝手が違うので、慣れてもらうまでが大変です。私もなかなかやさしく教えられないので、これがまた自己嫌悪のモトになっています。(くみ子さんごめんなさい!)
一方、自分の携帯もいい加減に電池パックを交換しないと厳しい状況なのですが、なんとか夏の新モデルまで持たせようと必死です。日本語入力方式としてのPOBOXのファンなので、なんとかソニエリ派は続けたいのですが、現在のauでソニエリとなると、ワンセグ不要派はW51S。812SHをさんざん触った後ですと、どうもゴツイ感じもします。いまひとつ踏み切れないのでW52S(しかしデザインはあまり変わらないらしいですが...)が出るまで待ちたいと思っています。
先日、くみこさん(母)から、パソコンのことで聞きたいことがあると電話がありました。黒いの(ADSLのルーター)のランプが赤くなって、UFO(AirMac BaseStation)には何もランプがついていない、UFOもランプがついていたはずだったよねぇ...との訴えです。くみこさんのところにあるBaseStationは、コンデンサー不良により過去に故障し、部品代だけて直してもらったものでした。
now and then: 初代AirMac BaseStation昇天...
now and then: AirMac BaseStationの病原
まずはくみこさんに「黒いの」の電源を入れ直してもらいます。電源コードがたくさんあって、どれだかわからないとブツブツ言われましたが、電源入れ直しで、ルーターはインジケーターも青く(正常)なったようです。
次はAirMac。こちらは電源を入れ直してもらっても全然ランプがつかないらしい。とうとう寿命が来たようです。修理してもらったのは2003年秋のことですから、あれからもう3年半も経過しております。購入してからトータルすると6年以上?いやいや良く働いてくれました。ほめてあげても良いでしょう。
2000年5月にAirMacを買ったときの様子はこちら。ちなみに現在くみこさんが使っているはこのときのPowerBook G3。
AirMac体験記 ...ちょうどこのころに、KANAというMP3プレーヤーを買ってますね。iPodが出る前です。あれ、今思えば音も悪かったし使いにくかったなぁ。
くみこさん自身は、ネットがつながっていないということは気付かないまま、日々メールだけはチェックしていて、このところメールがこないな...と思っていたらしい。試しにYahooを開いてみて...と指示して、初めて「つながっていない」ことがわかったようです。
あとは、とりあえず有線で使ってもらえばいいのですが、実はここからが問題。UFOの根元から青い線(Ethernetのケーブル)を抜いてMacの両側矢印のマークの口に差す...という作業が難題でした。
電話であーしろ、こーしろと指示するのですが、とにかく「UFOのところは、コンセントみたいになっていて抜けない」と言われます。どうやら根元にカバーがついているタイプのケーブルだったようです。カバーははずしても壊してもいいから、ポチッと小さく出っ張っている所を指でつまみながら引っ張って...と、なんとか言葉で表現するのですが、どうしてもくみこさんに伝わりません。
じゃあ、パソコンの設定だけ先に変えておこう...ということで、電話口でネット環境の切り替えです。くみこさんはまだMac OS 9を使っています。私も最近はOS 9のことをすっかり忘れていて、コントロールパネルを開いてもらって、そこに出てくるアイコンの名前を1つ1つ読み上げてもらいました。
く「アップルトーク、カラーなんとか...、ダイアルアシスト、クイックタイム、ティーシーピー...」
私「あっ、それそれ、ティーシーピーをカチャカチャっと。なんて書いてある?」
く「でぃーえいちしーぴー...」
私「そこじゃなくてもう少し上の方」
く「えあまっく...」
私「そこそこ、えあまっくのところを押すと何か字が出てくるでしょ」
く「ぴぴぴー、内蔵なんとか」
私「その内蔵なんとかを選んで...下の方なんか変わった?」
く「変わらないよ」
私「じゃあそれで閉じちゃってOK」
こんな調子でMac側の設定はEthernetに切り替え完了。いやいや電話での指示はホントに難しい。ただ、とにかくケーブルがどうしても抜けないので、一旦電話を切ってじっくりやってみるということになりました。
10分ほどしてまた電話。ペンチ(!)も使って引っ張ったけど、やっぱり抜けないという訴えでした。う〜ん、最古のBaseStation...確かにちょっと抜きにくかったかも...。気を取り直して、おなじしくみだから、黒いほう(ADSLのルーター)の裏側で練習してもらうことにしました。
しかしここでも、黒いほうもコンセントみたいになっていて抜けないと言われます。う〜ん、根本的にケーブルの抜き方を理解してもらえないみたいです。とにかく小さな出っ張りをつまんで、手前に引くんだよ...と、電話口で何度も何度も説明しますがどうしてもダメ。ルーターの裏側はそんなにきついはずはないので、抜けないはずないよ!とついついこちらも強い調子もなってしまい、結局その場ではあきらめて電話を置きました。
そして10分ほどしてまた電話。どうやらやっとルーターの裏側からケーブルを抜くことができ、コツがわかったのでBaseStationからケーブルも抜けたようです。抜いたケーブルも正しい位置に差し込めて、ネットもつながりメールも1通来ていたとの報告。次に来るときに替わりのモノもってくるんでしょ...としっかり要求もありました。
さて、今後どうするかです。くみこさんの環境ですと、AirMac Expressで十分なのですが、せっかくなので、私がいま使っている第2世代AirMac BaseStationをお古に回し、私が新しいAirMac Extreme Base Station
を導入するという手もあります。
な〜んて考えていたら、その夜くみこさんからメールが来ていました。パソコン関係は、一括してスイッチでON/OFFできるテーブルタップにつないでいたのですが、よくよく見直したら、AirMacにつないでいたところのスイッチがOFFになっていただけらしく、ONにしたら緑のランプがついたとのこと。そういう単純なことって多いんですよね...。電話でもあんなに言ったのになぁ。
ということで、初代BaseStationはまだまだ頑張ってくれるご様子。私の新ベースステーション計画もあっけなく消滅いたしました。
![]() | Apple AirMac Extremeベースステーション MA073J/A アップルコンピュータ 2007-02-28 by G-Tools |
![]() | Apple AirMac Express ベースステーション [M9470J/A] アップルコンピュータ 2004-07-28 by G-Tools |
APPLE LINKAGEさんやマクさんのところによりますと、来年の第1四半期にはインテルiBookとインテルPowerBookが登場するのでは?ということです。
元の記事
macnews.net.tc: Yonah T2600 at 2.16 GHz: PowerBook.
先週出ていた、長々とした英文記事はこちらですね。
Think Secret - EXCLUSIVE: Apple Planning Intel-Ready iBook Debut for January
今回から使われると予想されるインテルのCPUの名前(ペンティアム...みたいなことですね)は「Core(コア)」(笠原一輝のユビキタス情報局より)という名前になるようですが、「iBook Core」とか「PowerBook Core」という名称になるんでしょうか。今までに比べてシンプルなので悪くはないような気もします。iBook Celelon(ちょっと遅そう)にはならなそうなので良かった...。
さて、うちの母くみこさんですが、すでに2006年の年賀状の印刷(裏表)は終了しており、すでに2007年の図柄制作が始まりました。(ちなみに、うちは喪中ですので2006年の新年のご挨拶はご遠慮させていただきます。)
今年は宛名職人Ver.10の機能で写真を丸く切り抜くワザを指導したのですが、宛名職人で画像加工をするには、この夏にお古で使ってもらっているPowerBook G3(Pismo)+メモリ256MBには荷が重いようなのです。作っている最中に何度も固まってしまい、せっかく作ったものがそのたびにパーになります。このPismo、HDDはずいぶんカリカリ言うし、あちこちにヒビが入っているので、今更これに投資しても...と思っていたら、何度も固まるPismoに耐えかねたくみこさんから「わかった、来年買うわよ」宣言が!

うちの一族で最初にインテルMacを買うのはくみこさんになるのかなぁ...。でも、安定したPowerBook G4の実力も捨てがたいので、旧製品セールを狙うのも手かもしれません。本当に買うつもりなのかはまだわかりませんけどね。
東京でもかなり長い時間ゆさゆさ揺れましたね。今回も家にいたのですが、このぼろ家がつぶれるのではないかと心配になりました。うちではたてかけていた額縁が1つ落ちてきた程度。前回よりも被害小。
テレビでは「宮城県沖が震源」という報道だったので、すぐくみこさん(石巻市在住:震度5強)に電話をかけてみたのですが、もう固定もPHSもつながりませんでした。
メールを出しておこう...とメールを書いているうちに携帯とパソコンに同時にメールが来ました。くみこさんから「大丈夫です」という一言メール。パソコンから出したようです。安心しました。夕方落ち着いた頃に電話してみようと思っています。
宮城県ではここ数年で何度か大きな地震があったので、最近はメールで無事を知らせるパターンが定着しました。電話はすぐつながらなくなりますので。
くみこさんの家のFAX電話は、高いけど万が一に備えてわざわざNTTから購入しているので、停電しても電話線が切れていなければ電話ができるタイプです。前回地震で停電になった際は、ベルの音は小さかったけれどちゃんと着信したそうです。
とはいえ停電してしまうと、連絡手段も限られてしまうので、遠く離れているとやっぱり心配です。逆にくみこさんもこちらの状況は心配なのでしょうから、私も大きな災害の際は、こちらからもできるだけ連絡しないといけないな...と思いました。
1つあきれたのは、地震直後に民放の中継で石巻市の鮎川港(石巻市で違和感あったのですが、最近合併して石巻市になってたんですね。)が写った際、港にかなり見物人がいたこと。親子連れまでいてびっくりしました。津波なんかたいしたことないだろうという過信からなのでしょうが...なんだかなぁ。
うちの母、くみこさんが使っている初代iBookタンジェリン。1999年末に購入したのでもう5年以上使っていることになります。この間一度もバッテリを交換していないので、とうとうバッテリでは使えなくなりました。とりあえずつなぎでお古のPowerBook G3を使ってもらうことにしました。こちらは同じ頃に購入したのですが、バッテリは一度交換しているのでもうすこし持ちそうですし。
OS 9からOS 9にしましたので、見た目が変わっただけで利用環境は変わらなかったため、くみこさんにもすんなり受け入れてもらえました。昨年のProject Xの際にちょっとOS Xを使ってもらったのですが、使い方がかなり違っていたので、かなり不安だったようなのです。今回はいいけれど...次はどうしようかなぁ。
ハード的には画面も大きくなって、デジカメ写真も見やすくなったので喜ばれました。クリックボタンがヘタっているので、そのあたりは我慢してもらっています。マウスを使ってくれればいいのですが、ずっとトラックパッドを使っていたので、マウスは使い慣れないようです。ただ、ハードディスクから時々カラカラという音がします。ハードディスクも交換せずにそのまま使っているので、ちょっとこのさき不安ではあります。
それから、今回の環境移行のついでに、電話で相談されていた「読んだメールが消えていく」という症状をチェック。Outlook Expressを使っているのですが、読んだメールが受信のところからどんどん消えて無くなってしまうので困っているというのです。話だけ聞くと怖いですよね。
でも、実際に見て調べてみると案の定「未読のみを表示」の設定になっていました。だいたいそんなところだとは思ってたんですけどね。すんなり解決でほっとしました
ということで、くみこさんの庭にあった斑入りのドクダミです。ドクダミって名前がちょっとひどいけど、花はきれいですよね。

今日の東北楽天イーグルス、スクイズで勝ち越して広島に連勝です。私は、宮城県内に実家があるので、イーグルスは負けこそ多いものの気になる球団であります。あんまり負けると田尾監督、少しかわいそうじゃないですか...。
昨日は、くみこさん(母)が、広島カープファンの叔母と2人でフルキャスト球場へ楽天対広島戦を見に行きました。チケットはたのまれて私がWebで予約。予約の前から、チケットが発売日に売り切れる心配をしていましたが...余裕でした。叔母にあわせて広島側の外野席指定です。
叔母は何度か広島選を見に行ったことがあるそうですが、くみこさんはプロ野球観戦は初めて。半月前から天気の心配が始まり、当日の朝まで座席がどのあたりなのかわからない...と心配していました。球場に行けば係員の人が教えてくれるから、事前にどこだかわからなくてもなんとかなる...と電話で説得。行く途中で知り合いにあうと困るから、着ていくものに困る...と、くみこさん悩みは続いていたのですが、雨もやみ、結局球場には無事にたどり着いたようです。
昨日は楽天の逆転劇で、広島ファンの叔母には申し訳ないけれど、球場はかなり盛り上がった様子。くみこさんからも、楽しかったとメールが届きました。
こうやって、プロ野球観戦なんか行ったことのないおばさんたちまでもがプロ野球を楽しめるようになる...ということで、地元に球団ができるというのはいいことですね。
ということで、オフィシャルサイト、見に行くたびに少しずつ充実してきているようです。チームもサイトも発展途上ということでしょうか。
RAKUTEN EAGLES [ 東北楽天ゴールデンイーグルス オフィシャルサイト ]
結局iBook(late 2001)は、くみこさんの元から戻ってきました。液晶の首のあたりがぬれてしまったのですが、どうもACアダプタを差しても電源が供給できないようで、バッテリーも充電できなくなりました。バッテリーが残っている時は起動していたので...。やっぱり「お茶」はまずかったようです。新品でなかっただけまだ救われました。
しかし、2日だけ使ってもらって、いくつかXへの不満点も聞けましたし、もうすこしタンジェリンiBook+OS 9を使い倒してもらおう!という気持にもなりました。クリックボタンがちょっとバカにはなってますが、まだまだ使えることは確かですから。プロジェクトはいきなり休止です。しかしそんなに悲観はしてませんよ〜。
今回は単純に私だけ張り切っていたところもあり、くみこさんはいたって平静。お茶かちょっとひっかかった(どばーという感じではなかったので)だけでパソコンが壊れてしまうことに驚いた様子でした。
基本的にくみこさんが使っているのは、メール(Outlook Express)・Webブラウザ(Internet Explorer)・LEAFO・宛名職人...そしてプリンタに付いてきたEPSON PhotoQuickerです。Webサーフィンは実はあまりしないので、主にメール中心。
今まではデジカメで撮影した写真を、プリンタで印刷して皆さんに配っていたのですが、最近の「つよインク」でないと、退色してしまうことを聞いてから、デジカメの出番が激減。そこでiPhotoでプリントサービスを使ってもらえば良いかなと思ったのがX化のきっかけでした。
今はLEAFOを使ってもらっているのですが、この使いやすさがiPhotoを上回るのです。LEAFOを起動した状態でメディアをつなげると、自動的に読み込んでメディアのアンマウントまでしてくれるので、初心者にはほんとに手間いらずでどんどんデジカメライブラリができるのです。iPhotoではどうしても、メディアのアンマウントは手動で行わなくてはならず、それがなんなのかよく理解していないくみこさんは、いきなりメディアを抜いてしまいます。全てが終わったらメディアのアイコンをゴミ箱に捨てるように...とは言ったのですが、慣れの問題とはいえ確かにこんなの面倒ですよね。iPhotoの陰に隠れていますが、これもMacならではのアプリケーションの1つだと思います。
プリントサービスをしなければ、OS XでもLEAFOを使えば良いのですが、実は簡単なレタッチ(画像を明るく補正したり、トリミングしたい)がしたいようなのです。今まではプリントするときにEPSON PhotoQuickerを起動して、簡単に補正(といってもボタン1つ押すだけですが)してからプリントしていたようです。これくらいだったらiPhotoで解決できるのですが、今回よくよく話を聞いてみたら、さらに写真に縁をつけたり文字も入れたいとの要望がありました。そこまでするには別のアプリケーションが必要ですが、今のくみこさんには少し厳しいかなあ。簡単にできるアプリケーションあるといいのですが。手軽なアプリケーションご存じの方いらっしゃったらご紹介下さい!
もう1つ不評だったのはプリントの設定です。前は1画面で収まっていた細かい設定が、複数の画面にわかれてしまったため、プリントの用紙を変更したり、フチなし印刷をしようとしたりするときに非常にややこしくなってしまいました。これに関しては、くみこさんばかりでなくOS 9からXに移行した人に時々言われますね。
くみこさんにOS XでiPhotoを使ってもらうべくスタートしたこの企画。いきなりとんでもないことになってしまいました。しかも私の大ボケのせいなんです!先日実家に帰った折、iBook(late 2001って呼ぶようです)のセットアップ。初代iBookタンジェリンからデータを移し、1日使ってもらった後のことです...。
もともと実家のアンテナは半分崩壊していて、茶の間のテレビも調子が悪かったので、くみこさんは「ハイビジョンテレビ」の購入を決意!うちは田舎ですから、量販店ではなく、メンテナンスも考えて近所の電気屋さんを呼びました。iBookを茶の間のテーブルのスミに置いたまま、カタログを広げて2人で電気屋さんの話を聞いていたのですが...私がお茶の入った茶碗をひっくり返してしまったのです!!!ひ〜っ!大マヌケです。
ちょうどiBookは後ろ向きになっており、液晶モニタとの連結部分と、バッテリ部分にお茶が浸出。なんだか後ろから「プププ」と音までしています。(ACアダプタをつないていたため。)一生懸命拭いて、乾かした後、おそるおそる電源を入れてみると...つきません。ACアダプタを抜いてパワーマネージャーをリセットし、バッテリーだけで起動すると起動するのですが、画面がフワフワと暗くなり不安定。そうこうしているうちにバッテリーが無くなって、うんともすんとも言わなくなってしまいました。もともとACアダプタに問題があったので、新しいCAアダプタを送って試してもらおうと思っているところです。果たしてもうダメなのか...あとは奇跡(?)が起きるのを祈るのみです。(iBookを譲っていただいたhayashoさん!ごめんなさいっ!!!)
ちなみに、電気屋さんには液晶大画面のハイビジョンテレビを勧められましたが、うちの実家には不釣り合いな高級品なので、半額以下のブラウン管のハイビジョンテレビになりました。実際設置された感想をきいたら、思っていたより大きかったらしい(32インチ)ですが、テレビ(地上波も)がきれいに映るようになり、くみこさんにとっては、こちらのほうが生活の質の向上になりました。
すすめられるがまま液晶ハイビジョンテレビを買ったと思えば、PowerBookだって買えるよな...と思う今日この頃です。
くみこさんのお話しです。タンジェリンiBookを買って2年後。以前プレゼントした小型のAPSカメラをよく持ち歩いていろいろ撮影していたので、そろそろデジカメかな...と思ってすすめてみたところ意外と乗り気。さっそく電気店に行き、一緒に物色しました。とにかく小さいもの...というのがリクエスト。充電もちょっと面倒なので、乾電池も使えるタイプがいいかな...ということで、くみこさんの初めてのデジカメはCybershot DSC U-10となりました。対抗馬はカシオの初代EXILIMだったのですが、自分が欲しかったのでU-10に決定!
で、写真はくみこさんお手製の「モヘア」の毛糸で編んだデジカメケース。難点はモヘアの毛がデジカメにひっかかったり、くっついたりすることです。
小さくて持ち歩くのが苦にならないところは良かったのですが、液晶画面が小さすぎたのが難点でした。でも、半押ししてピントを合わせたりしなくても、ほとんどキレイに撮れますし、好きな草花などもある程度接写できるので、なかなか好評でほっとしました。
しかし撮るのは簡単なのですが、パソコンに取り込んでつかうとなると...
譲り受けたiBook G3/600Mhzが届きましたので、PantherとiLife '04をインストールし、くみこさんのもとへ送りました。もともとAirMacカードも入っていて、メモリも512MB増設してあるものですので、言うことナシのマシンです。
新しいiPhotoを使ってもらうのが目的なので、Pantherは必携。G4のようにサクサクとはいきませんが、10.2に比べれば充分な速度(テキストの早打ちには追いつきませんが、そんなことはしないと思いますので...)です。老眼用に、FinderのDockのアイコンはできるだけ大きくし、HDアイコンも混乱の元なので表示しないようにセットして送りました。
輸送上でトラブルがあると困るので、届いたら念のため電源を入れてみるように伝えておいたのですが、さっそく到着後にくみこさんから報告の電話が来ました。
どうやら電源のON/OFFはきちんとできた模様。電源ボタンを押してON/OFFする(これはiBookやPowerBookならではですが)ように教えていたので、これは簡単だったようです。
よくよく聞いてみると、DockからMailも開けてみたとか。今までより「アイコンがわかりにくい」という思わぬ感想でした。これは慣れの問題ですね。OS Xですとデスクトップの雰囲気も違うので、画面が見にくくなると困るなあと思っていたのですが、画面がキレイだったと言っていたので、そのあたりは問題なさそうです。
もともとFinderの操作はほとんど教えていないため、Finderの様子が少し変わってしまっても問題ない様子。主に使うのは、メール、Webブラウザ、デジカメ用アルバムソフト、そして「宛名職人」です。逆にこれだけだったらあまり今までと変わらないかも...という気もしてきました。
Finderの基本操作があまり理解できていないため、今までは電話での指示が難しく、「そこのマークをカチャカチャっとして、ズルズルと引っ張ってきて...」という調子。こちらも最近はすっかりOS Xの世界なので、電話サポートも大変でした。これからはちょっとやりやすくなるかな。
くみこさんとはうちの母のことです。
1999年の暮れに、くみこさんに初代iBook(タンジェリン)をプレゼントしました。そのころほぼ日刊イトイ新聞 -80代からのインターネット入門ずっと読んでいて、80歳にでるならうちだって...と思ったのです。でも私の電化モノ好きは父親系であって、くみこさんについては「ビデオの予約はできない」が、ワープロは少しだけやったことがある...くらいのレベルです。
1人で暮らしているくみこさんに、遠隔操作でどの程度教えられるのか心配ではありましたが、私が実家に帰ってもメールを読んだりWebサーフィンできるし...ということで、とにかくインターネットからはじめてもらうことにしました。
ここまでの道のりはいずれまたご紹介するとして、このほど中古のiBook G3/600MHzが手に入りそうなので、いよいよくみこさんにもMac OS Xに挑戦してもらうつもりです。iPhotoを使ってもらうのが目的なのですが、果たして気に入ってもらえるかどうか...。